2014年6月15日日曜日

彩りの街 vol.1

メデジンは、さすがコロンビア第二の都市だけあった。
街に向かってバイクを走らせると、ぐんと迫り来るような印象を受ける。両方を山に囲まれた谷間に街があるからかもしれない。中心地は谷底に密集しているが、それを取り囲むよう両の山肌には赤レンガの家々が所狭しと並べられていた。谷のずっと遠くまで続いている。山の上に行けば行くほど、また中心地から遠くなればなるほど粗末で、そこがスラムだと一見して分かった。

街の大小を問わず、はじめて訪れる街では宿探しが最初の仕事ではあるのだが、メデジンではぜひ泊まりたい宿があった。それはメキシコ・シティーで会った日本人のバイク乗りが勧めてくれた宿だ。

「コロンビアのメデジンに行ったらぜひこの宿に泊まるべきだ」

そう言って教えてくれた。

「バイク乗りならばね」

という言葉も忘れられない。

そのときの僕は宿の名前を手帳に記しながらも、だけどどこにも現実味を持つことが出来なかった。いくら同じラテン・アメリカと言えど、メキシコはまだ北米で、カナダから走り始めた僕にとってはたった3カ国めだった。だからこの先中米を抜け、海を渡り、南米の地へ上陸してからの話しなどかけらも想像できなかったのだ。


バイクを道端に止め、ヘルメットを脱ぐ。メデジンの中心地に入ってからもう何度もそんなことをしていた。宿の名前と住所は分かっていても、大きな街でそれだけを頼りに小さな宿を探すのは大変だ。だけど骨を折りながらも、僕は晴ればれしい気分でいた。

僕は今コロンビアに居る。あの時メキシコで教えてもらった宿を探している。想像もできなかった国の、現実味を持たない街。そこに今、僕は居るのだ。その事実がうれしかった。メデジンという街の、空気も、色も、匂いも、音も。すべてを肌で感じられる。モノクロの写真が、突然フルカラーになったような感覚。
旅をする理由が、ほんの少し分かったような気がした。


何度も道行く人に尋ね、やっとのことでお目当ての住所にたどり着いた。しかしあろうことか、そこに宿など無かった。
なぜ?
パナマ・シティでの悪夢がよみがえる。住所を間違えたか、もしくは宿自体が無くなったか。どちらにしてもさんざん探した挙句の仕打ちとしては無慈悲に思えた。

「この辺にホステルはありませんか?」

お目当ての住所には洋服の仕立て屋があった。まさか仕立て屋がホステルを兼ねているというわけは無いだろう。住所が違うとなれば、僕にはもはや探しようが無い。仕立て屋の中、カタカタと子気味良い音を立ててミシンを操っている女性にそう尋ねるのが精一杯だった。もしそんな宿は知らないと言われたら、数時間を費やした宿探しはいちからやり直しだ。祈るような気持ちにだってなる。

「あぁそれならね」

運が良かったのか、祈りが通じたのか。ミシンを操る手をとめた女性は、宿の場所を説明し始めてくれた。しかも英語で、丁寧に。

「そのホステルは最近引っ越したのよ」

そう言うと、住所と電話番号をメモ用紙に記しさえしてくれた。

古い情報にふりまわされることは多々あることだ。それによって引き起こされるドタバタ劇は過ぎてしまえば笑い話になるけれど、そのときはいつだって真剣に困っているのだから笑えない。

ミシンの女性の慣れた感じから、僕のような旅人が幾度となく尋ねたに違いないことは容易に想像できたけど、たどり着いた仕立て屋を前に皆一様に肩を落としたのかな、なんて思うと疲れよりも可笑しさがこみ上げてくるのだった。

つづく。