町に入ると、協会の塔がすぐに目に入った。小さな町には大きな建物が他になく、どこからでも見つけることができる。山からの道がそのまま塔に向かって延びていて、緩やかな坂を登りきるとソカロ(中央広場)に出た。ソカロから北東にメインストリートがあるが、それはわずか200mほどしかない。道は碁盤の目にできているのでわかりやすく、小さな町だから、バイクで走ればあっという間だ。
町のどこからでも協会が望める。
カラフルな建物が立ち並ぶメインストリートの途中、目にもまぶしい朱色に染められた扉を叩いた。ボゴタで教えてもらった宿だった。何度かノックをすると、頭上のバルコニーからオーナーらしき人物が顔を出した。扉にはしっかりと錠がかけられていたから、もしかしたら泊まれないかも、なんて思ったが、頭上のオーナーはふたつ返事で迎え入れてくれた。
宿はとても清潔だった。どの部屋も掃除が行き届いていて、ベッドのシーツにはしわひとつなかった。オーナーはフェルナンドと言い、どうやら最近宿を始めたらしい。朱色の扉の奥の小さなスペースを、僕のバイク用に空けてくれた。
どのベッドも空いているようだったが、庭にテントを張ると1泊10,000ペソでよかった(ドミトリーは15,000ペソ)。安い。庭にテントといっても、施設内はどれも自由に使えるし、寝るときだけテントに潜り込めばいい。しわひとつないベッドも魅力的だったが、すっかり節約が身に沁みこんだ僕は、迷うことなくテントを選んだ。「節約=長く旅を続けられる」という考えは、行き過ぎると強迫観念になるらしい。
一通りの作業を終え、シャワーを浴びたら、メインストリートのどん詰まりにある階段を登ってみた。登り切った先には展望台があり、振り返ると町が一望できた。
数日前には、同じように丘の上からボゴタの町を一望していた。ビルが立ち並び、広大な盆地にどこまでも広がるそれとはまったく比較にもならないけど、ここには往来にあふれかえる車のクラクションも、雑踏もない。凪いだ海のような、寂たる町並みがあるだけだった。
メインストリートは鮮やか。
突き当りの階段の上には展望台。
一望。
宿に帰り、コーヒーをいれ、一休み。キッチンの前には誘うように吊り下げ式の椅子が用意されていて、その向こうには緑豊かな山並みがあった。ふわりとした心地の椅子に身を預け、熱いコーヒーをひとくち飲む。ふぅ、とため息がもれる。同時に、すでにこの町の雰囲気に溶け込んでしまった自分がいることに気付く。
「あ、これはやばいな」
グアテマラのサン・ペドロや、パナマのボケテに似ている。この雰囲気。気を抜くと、あっという間に1週間くらい過ぎてしまいそうだ。
「ま、それもいいか」
大都会の喧騒がいまだ耳に残る身としては、凪いだ海のような町で安らかに日々を過ごすことが、なにより贅沢に思えた。
ま、いっか。
つづく。