鼻息荒くした僕はサンフランシスコから一路東へ進路を取ったのでした。
いよいよグランドサークル・ツアー(僕が勝手にそう呼んでいるだけだけど)が幕を開けました。これまでのアメリカはずっと西海岸を沿うように走ってきたので、いよいよ内陸部を走ることになります。州で言えば、カリフォルニア州からネバダ州、ユタ州、アリゾナ州。山あり、谷あり、乾燥地帯あり。モニュメントバレーを東の折り返し地点とし、意欲的にいろいろなところへ足を運びました。それはどの場所も本当にグランドで、底なしに湧き出る好奇心が僕をどこまでも突き動かしたからです。
そんなこんなで到着したヨセミテナショナルパーク。誰でもその名前を一度は耳にしたことがあるでしょう。広く知られた名前です。僕の中でもヨセミテはイエローストーンと並んで行ってみたいアメリカの2大ナショナルパークでした。もちろん世界遺産に登録されているというだけで魅力的なのですが、そこにはハーフドームと呼ばれる芸術的に(神様がいたずらに切り落としたのではないかと思えるような)垂直な壁を持った大きな花崗岩があるからです。
写真でしか見たことのないハーフドーム。それを、自分の目で見られるんだ。朝からわくわくは止まりません。ツアー最初にしていきなりのメインイベント。それは例えるならレストランに入りいきなり前菜にステーキが出てくるような感じです(?)。
ゲートで入園料を払い、いざ園内へ。公園自体とてつもなく広いのですが、メインとなるのはやはりヨセミテバレーでしょう。渓谷へ向けて道はずんずん下っていきますが、ハンドルを握る僕の胸はどんどん高鳴ります。
きれいに落ち込んだU字型の谷間の先に、小さく、だけどはっきりそれとわかるヨセミテのランドマークを見つけのはまだ完全に谷底に降りる前でした。
あ、あれか!あれがハーフドームか!?
一気にテンションが上がりました。思えばこの瞬間から、大陸熱の病に感染していたのかも知れません。
すると今はもうシーズン終盤で来園者が少なく、予約がなくても泊まれるよとのことでした。しかしその値段を聞いて驚きました。なんと、1泊20ドルだと言うのです。
え?20ドル!?高っけぇ。
その日は夜半から天候が崩れるという予報でした。明日も雨のようです。怠け者の僕はきっと雨の撤収なんてことはしませんから、当然連泊する可能性大です。となると2日テントを張るだけで40ドル。他のアメリカ人のようにバスのように馬鹿でかいキャンピングカーでやってきてというならその値段もわかりますが、僕はバイクの脇にテントを張って寝袋で眠るだけです。それで1泊20ドルというのはちょっと考えてしまいます。というかあきらめました。
まだまだ10時半。昼食を食べ、短いトレイルをのんびりこなし、まったりするくらいの時間は悠にあるのです。
気になる天気もなんとかもってくれ、夕方までゆっくりすることができました。しかし残念なことがひとつだけ。それはヨセミテに来てみてわかったのですが、夏季はハーフドームの頂上へ登るトレイルが開通している(往復10時間かかるらしいけど)ということでした。なんて魅力的な!もし次回があるとすればぜひとも登ってみて、その頂からの景色を独り占めしたいところです。
公園を出ると今度はひたすら下りになりました。高度を7000フィートまで下げたところで休憩がてらバイクの給油。だいぶ暖かくはなったのはいいのですが、もう17時を過ぎていました。そろそろ寝床を決めたいところです。
そこへ一台のパトカーが。ちょっと身構えつつも簡単なパスポートチェックだけで済みほっとしていると、警官のひとりが今日の夜は雨だぞ、もしかしたら雪かもしれない、と言いました。
え?雪?そんなまさか。
その時の僕は思いました。きっと僕の聞き間違いだろうと。
結局ガソリンスタンドから少し進んだ場所にテントを張ったのですが、翌朝を迎えた僕は自分の耳が正しかったと正直には喜べない複雑な気持ちでした。警官の言ったとおり、果たして本当に雪が降っていたからです。カナダでさえ雪に降られた夜はなかったのに…。そうは言っても仕方ありません。今はもう止んでいて、かろうじて道路の雪がとけているのが救いです。
指先を痛めながら凍りついたテントをなんとか押し込んで出発。最初の2時間は凍えながらの走行でしたが、高度を下げるにつれ気温は上がり、昼すぎには寒さを感じなくなりました。午後に立ち寄った街では気温が20度にもなり、公園のベンチで陽射しを浴びながら昼寝を楽しめるほど。
その日はその街から10kmほど進んだ砂漠地帯にテントを張りました。両側を連なる山々に囲まれ、前方は見渡す限り何もなく、壮観。気温も24度。作業をしていると汗ばむほどです。朝は雪が降っていたと思えば、今は裸で日光浴。距離にして高々200kmも進んでいないのにこの差はすごい。こんなに暖かく、しかも壮大な景色ならビールもうまいというものです(笑)。