2012年11月6日火曜日

ダリエン・ギャップは優雅に越えろ! vol.8

グアテマラでひとりの日本人に出会った。紳士的な話し方をするその人は、昔、アメリカでセイルボートを手に入れ、カリブの島々を流れるように旅をしたことがあると言った。
荒れた海での戦いも、真夜中の航海も、大変なことは枚挙に暇がないが、それ以上にすばらしく価値のある旅だったと述懐した。その話しはどこか現実味を欠いていて、まるでおとぎの国の話しでも聞いているような感覚だったけど、同時に僕の胸を熱くするものだった。

やっとその言葉の意味が分かった気がした。実際に自分が海の上に出てみると、果てまで続く水平線を目の前にすると、あのときの言葉をすんなりと飲み下すことが出来た。その感覚はバイク旅で味わうものとはまた一味違うものだった。

ココ・バンデロでの時間は本当にゆったりしたものだった。
周りには海と、無人島しかない。天然のリーフに囲まれているおかげで外洋の波も僕たちのいるところまでたどり着くことは出来ない。碇を下ろしたボートは透明な海の上にぽっかりと浮かび、その下を大きなエイが2匹、ゆったりと横切っていった。

風がやむと音さえも消え、肌を刺す日差しだけが残った。何もないが、すべてが満たされていた。今が何日かも、まして時間さえ気にする必要性がまったくなかった。というよりも、考えることを放棄したと言ったほうが正しいかもしれない。世界中のすべてに等しく時間が流れている、という事実さえ忘れてしまいそうになる。ただ露出した肌だけが、しっかりと日焼けをしていった。

夜はデッキに上がり、潮風に吹かれながら寝た。船室のベッドはあてがわれていたのだけど、船内は裸で寝ていても汗をかくほど暑く、逃れるようにデッキに上がった。

まるで絵に描いたよう。



今日の晩飯はランゴスター(ロブスター)。

 ラム酒のココナッツジュース割り。
南国の味。

クナ族のおばちゃんと。

ビーズの装飾がすてき。

早朝のまだ目を覚まさぬうちにボートはコロンビアに向けて出航した。

ベッドに横たわり目を閉じたまま、にわかな騒がしさを耳にしていた。低いエンジン音がとどろき、ゆっくりとボートは動き出した。

(あぁ。これでついに南米大陸へ降り立つことが出来る)

なんて感慨も束の間だった。リーフに囲まれた場所から外洋に出たとたんボートは盛大にゆれ始めた。その揺れはまるでなにかに八つ当たりでもしているかのようで、これが本当の船旅だと言わんばかりだ。
ついにきたか。何度となく聞かされていた。大型の船ならまだしも、小型のセイルボートでの航海は波との戦いだということを。

ここまで揺れられるともう僕にはどうしようもなかった。ただでさえ船には酔いやすいのだ。あらかじめ夜のうちに飲んでおいた酔い止めの薬が唯一の救いだ。

結局終始ベッドに横になったままだった。横になってさえいればなんとか落ち着くことができるが、トイレに行くために立つだけでも気分が悪くなる。胸の中を誰かが無造作にかき回されているようだ。まともに食事なんてできるはずもなく、空腹感を抱えながらも朝食も夕食も普段の半分も口にできなかった。
そんな僕とは裏腹に船に強い奴らはいたって元気で、デッキに上がりビールなんかを飲んでいた。いったいどこがどう違えばこの揺れの中でビールを飲むことが出来るのか微塵も理解できなかった。

小さな窓からは空と海が交互に見えた。ひたすら寝ているので時間の感覚がなくなる。とにかくはやく明日の朝になってくれることを祈るばかりだった。

浅い睡眠から目を覚ますとボートが揺れていないことに気がついた。ボートはコロンビア沖を巡航しているようだ。重い体をベッドから起こし、デッキへ上がる。目の前に陸が見え、その先に町が見えた。それがコロンビアのカルタヘナだった。南米大陸が、僕の目の前にあった。



おわり。

2012年11月3日土曜日

ダリエン・ギャップは優雅に越えろ! vol.7

いよいよ移動が始まる。パナマのカルティからコロンビアのカルタヘナまで。大きな海を越えて。まだ見ぬ新天地。否が応でも胸が躍る。

船の上で朝食を済ませたら海でひと泳ぎ。残りの乗客がすべて乗船し終えると、出航に向けてのミーティングが始まった。デッキのテーブルを囲む乗客は全部で15人ほどだ。ぐるりと見渡せばなんとも多国籍な顔ぶれで、一見しただけではその出身国が分からない。

ミーティングは当然のように英語で進められた。僕は、いかにも分かった風な顔でそこに座っていたけれど、もちろん話しの半分も分からない。分かったのはキャプテンがドイツ人だということと、ビールは1本1ドルで買うことが出来るということだった。
まあそれだけ分かれば問題ない。別に取って食われるわけでもなし。常識の範囲で収まっていればいいだけだ。

出航に向けてパナマ出国の手続きをしなければならない。しかしそれさえクルーが行ってくれた。僕は手続きに必要な書類を渡すのみ。全員の出国手続きが終わるまで、真っ青な海に飛び込んで、ビールを飲んで、ごろりと日向ぼっこをしていればいいだけだった。

旅の準備段階から今まで何もかもすべて自分で行ってきた体は、他人に任せていればすべてが済んでしまうことにむずがゆさを感じてしまう。後ろめたさの影が心に落ちる。だけど今の僕はそれを優雅という言葉にすり替え、デッキに寝転がり、残りのビールを味わった。

出発の朝。

船内。突き当たり下段が僕のベッド。

 優雅な朝食。

そして船は動き出す。

 チェコ人のバイク乗りオンドリューと。

愛車はしばらくお休み。

全員の出国手続きが完了すると、船はゆっくりと碇を上げた。低いエンジン音が心地よく響き渡り、カルティ港が視界からゆっくりと遠ざかる。セイルボートではあるが、風がなく、帆を広げずにエンジンの動力で船は次の島へ向かった。快晴とまではいかないまでも天候はまずまずだ。滑らかに撫でる潮風は久しぶり感覚で、やはり船旅は旅情をくすぐる何かがある。

約2時間の航海の後、船は再び碇を下ろした。僕らの目の前には透き通る海に浮かんだ小さな島があった。椰子の木が天に向かって生えている。それだけだ。それ以外になにも見つけられない。一見して無人島であることがわかる。
「カリブの海に浮かぶ小さな無人島」
あなたがそう聞いて思い浮かべるイメージが正解だ。それをそのまま現にした、まるで絵に描いたような島だった。

ココ・バンデロ。

一帯の無人島群はそう呼ばれているらしい。昔はそうではなかったが、クナの人々が生活の糧に椰子の木を植え、そのために楽園のような景観になった。

そして僕らはここで2晩を過ごす。やることは、何もない。島をぐるりと歩いても2分とかからない。海で泳き、ビールを飲んで、日向ぼっこを楽しみ、多国籍な乗客とふれあい、陽が西の空に紅く浮かんだらバーベキューをして、たらふく酒を飲んだ。

暑さに火照った体を冷やすには海が一番。

無人島でBBQ。

遠くに難破船。





焚き火の炎が落ち着いてきた頃。せっかくシャワーを浴びたというのに、酔っ払いたちは次々と海に飛びこんでいった。僕もご多分に漏れず、淡い月明かりに照らされた海に誘われた。浮かぶ星を見上げながら、溶けるように浮遊するのは最高の気分だった。

つづく。