2011年7月27日水曜日

寝床をめぐる冒険 vol.2

山の中の小さな村ロヤンに到着し、テントで静かな一夜を過ごそうとした僕。しかし事は二転三転。なぜか警官に連行される羽目になったのでした。


街灯などない暗く細い道をパトカーは進んでいきました。少し風がでて、いつの間にか現れた濃霧が足早に流されていきます。僕は、パトカーを見失わないようにすぐ後ろを追いました。何度か角を折れ、到着した先はソカロ脇にある警官詰所のような場所でした。パトカーから降りた若い警官はバイクを停めるように指示し、僕はそれに従いました。

(やはり取り調べか…)

身構えるしかありませんでした。旅中警察に連行され、その施設内に一晩拘束された旅人の話を聞かされたことがあります。こんなことならおとなしくホテルに向かったほうが良かったな、なんて思っても時すでに遅しです。詰所の中に連れられ、簡素なカウンターを挟んでひとりの警官と向かい会うような形で座らせられました。部屋の中に余計と思われるものはなにひとつ無く、事務的で殺風景なそれは実際の大きさよりもずいぶんと広く感じられました。向かい合う警官からパスポートの提示を求められ、メキシコのツーリストカードと一緒に手渡しました。

(どうなることやら…)

もはやなるようにしかなりません。しかし、身構えている僕とは対照的に警官はとてもリラックスした雰囲気で、その場の雰囲気はどちらかといえば柔らかいものでした。

(もしかして、これなら悪い方向には転ばないかもな)

思いは的中することになります。

パスポートを受け取った警官は一通りそれに目を通しながら、無言でパソコンのキーボードに何かを打ち込んでいました。やがて一言、旅行か?とたずねました。僕はそうだと答え、明日サンクリストバルまで行くのだと言いました。警官は僕の言葉に浅くうなずきながらパスポートを返し、さらに言葉を続けました。今日はここで寝れば良い。ここなら24時間人がいて安全だと。

まさかの言葉に驚いたのは僕のほうでした。彼らは僕のことを心配してくれていたようです。純粋に。僕は、疑った目で彼らを見ていたことが恥ずかしくなりました。言葉が分からないこともひとつの原因ですが、すべての人を端から疑うというのもなんだかやはり寂しいものだと思えました。

サッカー場に来ていた若い警官の案内で、体育館ほどある大きな講堂の入り口に寝床を作りました。マットの上に寝袋を広げ、その脇に荷物を並べます。いつの間にか濃霧は雨に変わり、空から降る大粒のそれは道に川を作っていました。もしあのままテントだったら今頃間違いなく浸水していたことでしょう。そう思うと屋根の下で寝られる安心感は大きいものです。

(なにがどう転ぶか分からないものだな)

あのサッカー場にふたりの警官がやってきたときは厄介なことになったと思っていたのに、2時間と経たずにこの状況です。篠つく雨を眺めながら、僕はつくづく思いました。

しばらくぼんやりと雨を眺めていました。視線の先にはすっかり人のいなくなったソカロと、はす向かいには小さな教会がありました。教会では何かが行われていたのでしょう。扉が開け放たれると中からたくさんの人が出てきました。老若男女を問わず続々と村人が出てきます。結果、僕はまたしても村人たちに囲まれてしまいました。

詰所の前でパンとコーヒーが配られはじめ、ひとりの警官が僕にもそれを持ってきてくれました。口の中に砂糖の味がダイレクトに広がる甘いパンと甘いコーヒーでしたが、他の村人たちと同じようにそれを食べながら、片言であれこれと話をしました。

22時をまわるとあれだけいた村人もぱらぱらと雨の中へ姿を消し、僕も疲れた体を寝袋に流し込みました。昨日までは寝袋なんていらない気温だったのに、今日はとても寝袋なしでは寝られなさそうです。それは雨が降っているからという理由だけではなく、稼いだ標高によるものでしょう。

横になって目を閉じるとあっという間に寝てしまったようです。誰かの呼びかける声で目を覚ました時はまだ1時間しか時計の針は進んでいませんでした。寝起きでうまくまわらない頭を持ち上げると、そこにはふたりの警官が立っていました。

(何事だ?)

状況がうまく判断できずにいると、警官は床を指差し何かを言いました。見ると僕の寝ている足元の床まで水浸しになっているではありませんか。幸いマットの下に敷いたシートのおかけで何も濡らすことはありませんでしたが、今なお降り続けている激しい雨は建物の2階から侵入し、階段を伝って僕の寝ている所まで押し寄せてきたようです。

あわてて寝袋から這い出し、荷物を非難させます。ふたりの警官は手に懐中電灯を持ち、体育館のような大きな講堂へ入っていくと、雨漏りしていない場所(結局それはステージの隅だった)を手分けして探してくれ、ここなら大丈夫だといい、次々を荷物を運んでくれました。

ものの2分で移動が終わり、僕は警官にお礼を言いました。まさかこんなに親切にされるとは夢にも思っていませんでした。するとひとりの警官は僕の持っていた辞書指差し、それを貸してくれと言いました。そして肩と頬の間に挟んだ懐中電灯で辞書を照らしながら、一つ一つの単語を指で示します。それは「荷物」「危険」「雨」「明日の朝」「休む」というものでした。

何度もありがとうと言いました。彼は満足したようにうなずくと、自分の持ち場へと戻っていきました。僕は再び寝袋に入り仰向けに寝転ぶと、屋根を叩く雨音を聞きながら今日いちにちの出来事をひとつひとつ丁寧に思い出してみるのでした。

おわり。

0 件のコメント:

コメントを投稿