2011年4月19日火曜日

モーターサイクルは大陸の夢を見るか? vol.8

すっかりグランドキャニオンを満喫し、意気揚々と次の目的地に向けて走り出した僕。そんな僕を待ち構えていたもの。それは「寒さ」でした。


昨晩からめっきり寒くなり、朝にはバイクに雪が積もるほどだったのですが、それは日が高くなっても変わることはなく、風を切って走る僕に容赦なく襲いかかりました。本当ならグランドキャニオンからフラッグスタッフを抜けセドナまで一気に走る予定でした。しかしあまりの寒さにあっさりそれを放棄。真冬の装備をしているならまだしも、こっちは冬に走ることなど想定していないのです。装備はいたって貧弱なのです。しかも地図を見ると、この先180号線は3000メートルと3600メートルのそれぞれの山の間を抜けています。そこは明らかに峠でしょう。それも結構な標高になるはず。

きっと2000メートルは下らないな。

そう思った瞬間、乾いた音とともに心が折れました。今はまだ太陽は高い位置にありますが、そんな峠で日が傾きでもしようものなら目も当てられません。今でさえすでに指先の感覚はないのです。

そうと決まれば話は早いのです。すぐにテントの設営。フライシートいっぱいに陽光を浴びたテントの内はぽかぽかと暖かく、寝袋のぬくもりがさらに体の筋肉をひとつづつほぐしてくれます。しかしそれも一時。陽が沈むまでのこと。夜になるにつれ太陽の恵みはしだいに薄れ、気温は一気に冷え込みます。そして夜中の3時時点でついにマイナス10度を下回りました。

確かにもっと寒いキャンプの夜を過ごしたことだってあります。しかしそれはきとんとした装備を使ってのことです。いくらダウンといえど3シーズン用の、それも10年以上も昔に買いすっかりロフトをなくしたそれではマイナス10度の夜は厳しすぎます。寒さのあまり目を閉じても、ひざを抱え胎児のように丸くなっても眠ることができません。仕方なくテントの全室でストーブを焚き、お湯を沸かし、熱い紅茶で体を温めました。

その後も結局眠ることができず、ただひたすら遠い朝を待ちわびる夜となりました。どこからか一番鶏の鳴き声が聞こえ空が白み始めたときは、やっとこの夜が終わるとほっとしたものです。

翌日は気合を入れなおし峠(結局標高は2400メートルもあった)に挑むもやはり寒さに凍え、それでも何とかフラッグスタッフからセドナへと到着することができました。

セドナと言えばパワースポットとして世界的に有名な街ですが、まぁあまりそういう方面に興味がない僕は観光地化されたきれいな街並みと、それを取り囲む奇妙な形をした岩山をさらりと眺め、もちろんなんのパワーを感じることもなく、結局街の酒屋でビールを買ってそこを後にしました。一応セドナでのT夫妻が泊まるホテルの住所は聞いていたのですが、グランドキャニオンから1日刻んで走ったために再会することはかなわずに終わりました。それはとても残念でしたが、この広いアメリカで偶然にも夫妻に出会い楽しい時間を過ごせたことはとてもいい思い出になりました。

セドナの街。すっかり観光地。

スヌーピー。らしい。

セドナ屈指のパワースポット。
なんだけど…。

その後は山の寒さから逃れるように西へ西へと突き進み、3日後の夕方には目指すロサンゼルスの街並みを見つけることができました。

バイクは寒いでしょ?とカイロをくれた。
あたたかい。

いったい僕はどこへ行けばいいのだろう?

ルート66。今はもうない。

最後の夜。

明日になればサンフランシスコから始めたグランドサークルツアーも無事に終わります。もちろんロサンゼルスですべての旅が終わるわけではなく、それは長い長い旅路の中に打たれる一種の句読点のようなものなのですが、夕陽の沈む方向にはダウンタウンの高層ビルが影となり、灯り始めた街の明かりは僕の胸を静かに締め付けるのでした。

おわり。


ということで、長かった「大陸の夢」シリーズも今回で終わりです。話自体はもう去年のことなのですが、のんびり書いていたらこんなことになってしまいました。

今の僕はと言うと、長かったロサンゼルスでの生活をついに終え、フレズノという街に来ています。日本の友達が偶然フレズノに移り住んでいて、異国での再会を果たすために訪れたのでした。

ロサンゼルスは今月の14日に出ました。結局なんだかんだと5ヶ月も滞在したことになります。その間移動はしていませんがもちろんたくさんの出来事があったわけで、でもそれをこの場で書こうかどうか今は悩んでいます。いずれ折りをみつけて書けたらと思っています。

とにかく、また旅が動き始めました。フレズノの後はメキシコへ向かいます。ついにラテンの世界へ突入です。カナダ、アメリカと続いた先進国ともおさらばで、この先続く第三世界に期待と不安で胸がいっぱいです。そしてこれからが本当の旅と言えるのかもしれません。

冬が終わったカリフォルニアはもう夏に向けてまっしぐらで、雨など降らず照りつける太陽が容赦ありません。それはまるでこれから起こるであろうさまざまな出来事に胸を熱くしている僕を象徴しているかのように。

2011年4月5日火曜日

モーターサイクルは大陸の夢を見るか? vol.7

モニュメントバレーで完全に打ちのめされた僕。もうどうにでもしてくれと半ば捨て鉢な感じで次なる目的地グランドキャニオンへと向かうのでした。


今日もやっぱり美しい朝焼けを眺めつつ、微細な赤砂が付着しざらつくすべての荷物をまとめ、モニュメントバレーを後にしました。今日はグランドキャニオンナショナルパークまで300km以上走らなければなりません。

これ以上眺めのいいキャンプ場を僕は知らない。

今日も荒野の一本道を行く。

いくら信号ひとつない荒野の一本道だといっても300km以上走るのは結構大変(もちろん僕のバイクでのこと)です。きっと僕ひとりならこの工程をきざんで走ったことでしょう。しかし、今日はそうできない約束がありました。それはT夫妻とのもので、昨日モニュメントバレーを後にした夫妻も一足先にグランドキャニオンへと向かっており、今日そこのキャンプ場であちあう約束をしていたのです。

何もない160号線を快調に飛ばし、ツバシティーという街で昼食と買い物。その先で89号線、さらに64号線とつなぐと道は次第に山に入り、カイバブナショナルフォレストエリアに到着しました。これを抜ければ今日の目的地グランドキャニオンナショナルパークに到着です。

交通量のない坂道をトコトコと40kmで登っていくと右手の視界は次第に開け、ついにはコロラド高原を一望できるようになりました。そして道の先に一台のマウンテンバイクを発見したのです。それは先日ペイジの街でみかけたもので、ひとりの韓国人が荷物満載のそれを懸命に漕いでいました。

非常に物静かな話し方をする男でしたが、そんな話し方とは裏腹になかなかワイルドな旅をしているようで、彼も僕と同くカナダから南下途中だと言いました。そしてパナマがゴール予定だとも。お互い旅のスタイルがとても似ていたし、彼もバイクで自国を1ヶ月かけて旅したことがあるらしく、国境を越えた旅の話は尽きません。しかし彼にも僕にも今日の目的地があります。もちろんこんな坂道を一生懸命登っているのですから彼もグランドキャニオンを目指してはいるのですが、そこは自転車とバイクの違い。

「とても今日中には到着できないよ。マイペースでいくさ」

そう言って笑う彼とは握手で別れました。

グランドキャニオンに到着したのは15時。まだまだ太陽は高い位置にありました。
東口ゲートで12ドルの入園料を払い、最初に訪れたデザートビューの展望台でその桁外れな渓谷の大きさに早速ノックアウトされ、なんとか待ち合わせのキャンプ場に到着すると、あなたのことは(T夫妻から)聞いていましたよと日本語を流暢に話す受付の女性に促され、無事に夫妻と2日ぶりの再会を果たすことができました。

到着。お決まりのショット。

瞬殺。

グランドキャニオンの米塚。

展望台の内壁。インディアン風。

モニュメントバレーでお預けになったシャワーにもようやくありつき、焚き火の炎を眺めながら夫妻の用意してくれた夕食とワインと会話を楽しみ、その日の夜はあっという間に更けていきました。それにしてもここは馬鹿みたいにでかいキャンプ場で、渓谷を見に行くのはもちろん、場内の受付やシャワーへ行くにもバイクで移動したくなるほどで、しかも今はシーズンオフでその半分が閉鎖されているというのだから驚いてしまいます。


翌日、セドナへと向かう夫妻を見送ると、僕はバックカントリーインフォメーションセンターへと向かいました。そこでバックカントリーパーミットなる書類を手に入れると、30リットルのパックパックいっぱいに荷物を詰め込み、コロラド川へ向かって渓谷を下っていきました。

そうなのです。グランドキャニオンでは渓谷をリム沿いからただ眺めるだけでなく、実際に自分の足でそこへ降りていくことができるのです。しかも許可証を取れば渓谷内にあるキャンプ場に泊まることができるのです。オフシーズンの今は当日の飛び込みでも十分その許可証をとることができ、それならば行ってみようじゃないかということになったのです。

果たして何億年もの昔に形成された地層に囲まれながらひっそりと一夜を明かすことはこの上なく神秘的な体験でした。

地の果てとも思えるコロラド川の流れを眺め、突然目の前に現れたおおきな鹿に目を見張り、しっとりと降る雨音に耳を傾け、酒を飲み、時計を気にすることなく寝袋に包まる。夜が明ければ、朝日に照らされた渓谷は目にまぶしく、夜の雨に濡れた木々からは柔らかなにおいがしました。

足元に魅惑的なトレイルがのびる。
いかない訳にはいかない。

すげぇ。

太古の昔に作られた地層を歩く。

みなさんけっこう重装備。

これがコロラド川。全部こいつのせい。

この後カリフォルニア湾へと流れる。

突然現れた鹿。こっちの様子を伺っていた。

インディアンガーデンキャンプ場。
オフシーズンなのに結構なテント数だった。

神秘的な夜。

キャンプ場を後にし、息を切らせてリムまで戻るとそこには真っ白になった僕のバイクがありました。リムとキャンプ場の標高差は約1000メートルで、それは夜の雨を雪へと変えたようです。

凍ったバイクを暖め荷物をまとめたら、次なる目的地へと向けグランドキャニオンを後にしました。

つづく。