2011年6月18日土曜日

朝焼けのピコ・デ・オリサバ vol.3

人生初の5000m峰イスタシュワトルの登頂に失敗した僕。疲れ果て泥のように眠った翌朝、白の世界の中で目を覚ますのでした。


朝までいったいどれくらい時間があったのでしょう。昨日は山から下りてきてすぐに横になったから、きっと10時間以上寝ていたことになります。目を覚ましたついでに用を足そうと小屋の外にでた僕は、その目を疑いました。あたり一面真っ白だったのです。昨日の夜のみぞれは見る世界を一変させていました。

見上げる山は昨日までの優しさのかけらさえなく、その険しい表情は人が登るものをかたくなに拒んでいるかのようです。もし僕が今日ここに到着したなら、いくら晴れているからといって登ってみようなんて考えは微塵も抱かなかったでしょう。それほど難易度が上がっていました。

一晩で表情が一変した。

一晩寝たことでいくらか心が落ち着いていた僕は昨日をひとつひとつ冷静に反芻し、そしてそれを整然としたひとつの出来事として心の中で捉えることが出来ました。

(いい勉強になった)

すべてはその一言に行きつきます。失敗はしましたが、おかげで困難なく登頂するよりも得るものは多かったと思います。

日差しを浴びた大地がつもった雪を消してくれるまで小屋でのんびりとし、9時になってラ・ホヤを後にしました。これからプエブラの町を抜け、ピコ・デ・オリサバを見に行く予定です。その山は標高5689m。冬山装備がなければ登ることのできないメキシコ最高峰です。

ダートをしばらく下り、チョルーラとプエブラの町をそれぞれ通過。道は大渋滞で、なんとか国道150号から140号へ乗り継ぎ、さらに州道394号へ入りトラチチュカの町を目指します。140号に乗ったあたりから視界が開け、スモッグで白くぼやけて見える視線の先にピコ・デ・オリサバを見つけることが出来ました。

チョルーラで見たボラドーレス。
宙吊りになり回りながら降りてくる。
信じられん。

トラチチュカの町からさらに山に向かって小さな道を進みます。その頃には山はもう目の前で、山頂には真白な冠。さすがメキシコ最高峰なだけはあります。
やがてソアパンという村に到着。走ってきた道はこの小さな村で途切れ、この先舗装路はありません。しかしこの村からピコ・デ・オリサバの登山口まで未舗装ながら道があるはずです。

(さて、どこから入るのだろう?)

偶然居合わせた村人に「ピコ・デ・オリサバに行きたいのだけど」とたずね、村はずれからのびるダートを教えてもらいました。登山口へ行ったところで実際に登ることはしないのですが、そこには山小屋があり、誰でも自由に泊まることができるらしいのです。せっかく近くを通るのだし、山小屋ならテントを張る手間もはぶけ、雨が降っても心配ありません。ましてそこはメキシコ最高峰。眺めるだけでも価値はあると僕は思ったのです。

ソアパンの村。
どこからでもオリサバが見える。

ダートを走ること1時間。いくつかの分岐点がありどこへ向かえばいいか良くわかりませんが、とにかく大きな道を選んで進みました。途中気を抜いた瞬間砂地にフロントを取られ転倒してしまいます。が、バイクが倒れた程度でとくに問題はありませんでした。
なんとか登山口まで進み、あたりを散策しますがそこに山小屋はなく、僕はどうやら別の登山口に出てしまった様子。時間は19時。まだ空は青く、あと1時間は明るいでしょう。しかし今から引き返し、もう一度登山口を探すわけにはいきません。しかたなく来る途中で見つけた小さな山小屋に入ることにしました。その山小屋を果たして勝手に使っていいのかわかりませんが、小屋の周りには何もなく、小屋自体にも鍵がかかっていなかったので今日一晩お邪魔すさせてもらうことにしたのです。

山小屋の2階へ荷物を運び、寝床まで作成したら今日の仕事は終了です。バッグからビールを取り出し、途中の町で買ったチーズ(メキシコはチーズが豊富でしかも安くてうれしい)と一緒にバルコニーに出てそれを楽しみました。そこからはピコ・デ・オリサバが一望でき、眺めは最高です。夕陽に染まった山頂の雪は桃色に変わり、空は夜に向けて色を濃くしていきます。なんて贅沢な時間でしょう。次第に山の輪郭は浮かび上がり、空には星が出はじめました。

しかしそんなきれいな山を見ても、僕の心に登ってみたいという衝動は沸いてきませんでした。借りに今冬山装備を持っていたとしてもです。それは昨日の失敗に起因しています。はっきり言ってしまえば今の僕に登れる自信がないのです。期待よりも不安の方が勝っていて、このままでは行動には移せないでしょう。それでも僕は単純な人間だから、いつか(それは遠くない未来に)それが逆転し、また無謀にもどこかの山のピークを目指すことでしょう。

ビールを飲み干す頃には空はすっかり夜一色で、気温が一気に落ち込んできました。小屋の中に入り、お湯を沸かすとマグカップにコーヒーをいれ、残りのお湯でインスタントラーメンを作って食べました。そして寝袋にすっぽり入ると、ろうそくの灯りを眺めながらとりとめもないことを考えていました。やがてどこからか眠気がやってきて、僕を襲い、誘われるがままにまぶたを閉じた僕は、ゆっくりと眠りに落ちていきました。明日の朝きっと見られるだろう朝焼けのピコ・デ・オリサバを楽しみにして。

朝焼けのピコ・デ・オリサバ。

おわり。

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