2015年8月5日水曜日

永遠の秋 ~心に響く町~ vol.3

「そろそろこの町を出るかな」

すべての荷物をバイクに積み込んだ朝。あとはレセプションでチェックアウトをするだけだった僕は、パティオのテーブルにぼんやりと座っていた。いつもならとっくに食べられるはずの朝食が、今日に限って遅れていたのだ。他の宿泊者も同じようにテーブルにつき、とりとめのない話をしている。耳には静かなトーンの英語やスペイン語が響き、広いパティオに、ゆったりとした時間が流れていた。

特に急いではいなかった。次の目的地はサレントという町に決めていたからだ。今いるボゴタとは比較にはならないほど小さな町。いや、むしろ村といった方がいいかもしれない。地図で距離を読む限りでは、2日に刻んで走る結論だった。ならば急いで出発する必要もなし。ゆっくり朝食を取ってからでもいいか、そう思ったのだ。

パティオにはひとりの日本人が、同じように朝食を待っていた。少し話しをする。どうやら昨日他のホステルから移ってきたらしい。そうこうするうちにもうひとり日本人の女の子もやってきて、3人で朝食を待ちながら旅の話を楽しんだ。


女の子とは、2日前に会っていた。朝のロビーで初めて会ったのだけど、やけに浮かない顔をしていたのが印象的だった。聞くと、ついさっき荷物を盗まれたのだ、と言った。
早朝ボゴタのバスターミナルに到着し、そこから宿へ向かう途中のこと。詳しくは知らないが、20kgはあろうかというメインのバックパックを持っていかれたらしい。気の毒に思ったが、どうすることもできない。盗まれたのが、貴重品やパソコンが入ったサブバッグでないのが不幸中の幸いか。かなり落胆した様子だったが、その日の夕方、もう一度ロビーで会ったときには少し落ち着きを取り戻していた。警察で盗難証明をもらい、取り急ぎ必要なものは買ってきたと言う。さらに次の日には、ぴったりのジーンズを見つけてきたと、笑顔を見せた。
「強いなぁ」
率直な感想だった。海外で盗難にあい、それでもその日のうちにやるべきことをひとりでこなす。なんともタフだ。そうでなければ、女の子がひとりで海外の長旅なんか出来ないのかもしれない。さらには驚いたというか、感心させられたというか、彼女はこんなことも言った。
「盗まれたのは主に着替えとか、タオルとか。ジーンズなんて3本あったの。20kgもあるバックパックだったのに、本当に必要なものなんてあんまり入ってなかったみたい。盗まれたことは許せないけど、今はすごく身軽になった気がする」


もう一人の旅人は僕と同じくらいの年の男性だった。彼は、南米を旅しながらスペイン語を勉強していると言った。その言葉は、僕にとって青天の霹靂だった。なぜなら彼は旅をしながら、出会った人々との会話の中でスペイン語を学んでいたからだ。そしてかなりの語学力を身につけていた。勉強するには学校に入らなければ。そう思って疑わなかった僕は、事実グアテマラで学校に入ってスペイン語を勉強したものの、その後の語学力は大して変わり映えしなかった。
「なんだって気持ちひとつなんだ」
その気づきは、確実に僕の目を開かせてくれた。(おかげでこの出会いから、僕も旅をしながらスペイン語を(ゆっくりとだけど)勉強していくことになる)


結局3人で朝食を取り、そのまま10時過ぎまで話をしてしまった。そして、なぜか「野外フェス」に行くことになってしまった。

ちょうど今、ボゴタでは大規模な野外フェスが開かれていて、今日がその最終日らしかった。僕はそのことをまったく知らなかったのだけど、男性が昨日すでに行ってきたらしく、すごく良かったから一緒にどうか?ということになったのだ。しかしすでに荷物はバイクの上。逡巡する僕に、

「荷物なんて、解いちゃえばいいじゃん」

と、ふたりは言った。
その言葉に押されたのか、魅力的なふたりともう少し同じ時間を共有したかったからか。チェックアウトをしに行くはずだったレセプションに、挙げ句連泊の申し出をしに行くといういかにも旅らしい行為に甘んじてしまうのだった。

おわり。

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