2011年8月3日水曜日

ジンベイ鮫と泳ぐ日 vol.1

マヤ先住民の伝統と文化が色濃く残る町サンクリストバル・デ・ラスカサスを後にした僕。次なる目的地パレンケ遺跡ではその密林のむせかえるような熱気に、山の涼しさに慣れた体は悲鳴を上げるのだった。


サンクリストバルの次に向かった先はマヤ遺跡の残るパレンケだ。メキシコ国内にあまたある遺跡でも、密林に覆われるようにあるそれは神秘的な雰囲気で人気も高い。僕もメキシコでの訪れたい遺跡のひとつだった。

サンクリストバルの宿を9時に出発した。予定通りだが、特にその時間に出なければいけないわけでもない。バイクでの移動は時間に縛られなくていい。バスや電車だとこうもいかない。まだ夜も明けぬうちにそっと宿を出ていく旅人も少なくないし、深夜バスに乗るために夜になって荷物を担ぐ人もいる。バイクなら自分の好きな時間に出発ができる。たとえ寝坊したとしても、多少の遅れは道中で挽回できる。
といってもバイクにはバイクなりの問題というものがあるので、何がいいとは一概には言えない。結局その人のやり方次第だ。自転車だって歩きだって、本人がやりたいようにやるのが一番だ。

さすがに標高2100mからとなると道は延々下りだ。パレンケまで一気に山を駆け下りていく。下りは非力なバイクでもスピードに乗って楽なのだが、ときおり現れるトペが舌打ちをしたくなるほどやっかいだ。前後ドラムブレーキな上に荷物満載。そして下り。となれば急停車などは間違っても出来ず、うっかりトペに気づかずにいると前輪を跳ね上げられて大変危険だ。カーブの先にトペが現れようものならブレーキさえまともにかけることが出来ず、ただもうあきらめるしかない。

それにしても驚くのはどんな小さな村にも教会があることだ。さんざんメキシコ国内を走ってきたけど、例えそれがこんな山の中であっても、また砂塵の舞う砂漠の中であっても、集落というものには必ず教会があった。そもそもメキシコの先住民はカトリックではない。それでも人々を改宗させ、教会を至るところに散りばめたスペイン人の徹底さに嘆息せずにはいられない。そして僕がこれから向かう先のそのほとんどがそうであるのだと思うと、否が応でも胸が締め付けられてしまう。

標高を下げるにつれ気温は上がり、出発時にはダウンを着込もうかと悩んでいたのがバカらしくなるほどになった。それもそのはず。最終的には暑さのあまりTシャツだけで走ってしまったのだから。

見渡す限りの密林が広がる。
そして暑い。

時間がかかるかと思ったパレンケまでの道のりは、下りのせいもあってか夕方のまだ早い時間に到着してしまった。宿を取るかキャンプ場にするか決めかねていたけど、遺跡に近いとあってマヤベルというキャンプ場に入った。60ペソはちょっと高いと思うが、シャワーがあるのでありがたい。

テント設営ですっかり汗だくになった僕はさっそくシャワーを浴びに行こうと洗面用具と着替えを持って歩き始めたのだが、近くのコテージに泊まっている初老の白人に呼ばれてしまった。彼は、僕を見つけるとそれが当たり前とでもいうように手招きをしてきたので、僕は誘われるままに開け放たれている入り口の扉をまたいだ。部屋は狭く、壁には不可思議な絵が掛けられていて、ステレオからはクラシック音楽が流れていた。そして入るとすぐにその匂いがした。マリファナの匂いだった。

彼はすでにかなり酔っているようだった。目を見ればすぐに分かった。まるで雪が降り積もったかのような真白い髪をしていて、着ているシャツもズボンも白だった。それはまるでなにかの儀式にでも参加するかのような感じを受けた。小さな銀色のパイプとライターを両手に持ち、突然何かを思い出したように話しはじめた。

(ちょっと面倒だな)

思いつつもすぐにその場を離れるわけにもいかず、少し話を聞いていた。どこから来たと聞かれ、カナダからバイクで走ってきたと答える。それを聞いた彼は満足そうな顔になり、それはとても良い経験をしていると握手を求められた。が、相手の話はあちこちに飛ぶし、もちろん英語だ。聞いている僕は疲れてしまう。さらにこれからカンクンへ向かいベリーズに入ると言うと突然彼は大笑いした後、急に変調して悪態をつきだした。最初は何がどうしたのか分からなかったが、どうもベリーズのことを快く思っていないようだ。独り言のように毒づく姿には僕もさすがに閉口してしまい、これからシャワーを浴びるからとその場を後にした。

シャワーを浴びて出てくると、彼は若い従業員を捕まえて何か大声で話をしているようだった。僕はなるべく近寄らないようにしてその夜を過ごした。テントに入って横になると、ホエザルの猛々しい声と野鳥の高く透明な声が折り重なり、脳に突き刺さるように聞こえてきた。夜中には雨が降った。

翌日の午前中はテントをそのままに、パレンケ遺跡を見学に行った。2時間をかけて歩いてみてまわった。人も多くなく、密林に覆われるようにある遺跡は雰囲気がよかった。それほど広くもないのもいい。広大な乾燥地帯にあるテオティワカンとはまた違う印象だ。

遺跡は密林の中にひっそりとある。

壁の彫刻が当時を偲ばせる。

土産屋の親子。

キャンプ場に帰ってテントをたたみ、かいた汗をシャワーで流して昼に出発した。午後からの走り出しだしそんなに進まなくてもいいかと思ったが、意外に走り200kmを越えた。途中もくもくと沸いて出た積乱雲の中につっこみ雨に打たれそうになるが、バス停でなんとかやり過ごした。雨季が本格的に始まったのだろうか。雨季でのバイク移動は避けたいところなのだが。

パレンケを出て2日目。その日はメリダ近くまで走ろうと思っていた。そうすれば明日の昼にはメリダにつくことが出来、午後から半日ゆっくり過ごせるからだ。
しかしサバンクイの町に到着したのはまだ10時で、しかもそこからメキシコ湾をなぞるようにのびる海沿いの道が気持ちよく、コバルトブルーの海を見ながら木陰で休憩なんかをしていると、そういえばまだこの旅が始まって浜辺でキャンプをしていないことに気がついてしまい、こんなにきれいな海と砂浜がありながらキャンプをしないなんてもったいないと気もそぞろになり、こうなったらメリダ近くまで行くのをやめにして(メリダに近づくと道は海から離れてしまう)海沿いのどこかいい場所を見つけてのんびりしようと決めた。
メリダまで200kmは残ってしまうが、頑張れば夕方には着くだろう。それよりもこんな天気のいい日は浜辺キャンプの方がいい。

向かう先は雨か…。

木陰の一休み。

チャンポトンの町ではいい具合に大型スーパーがあって、1.5Lの水と2Lのオレンジジュース(暑くてやたらのどが渇く)と1Lのワイン(浜辺キャンプに酒がないなんて!)を買い込んだ。町を出て10kmも走らないうちに国道から浜にのびる道を見つけ、その先にきれいな海ときれいな砂浜があったから、まだ午後の2時前だというのにバイクを木陰に止めてのんびり過ごした。陽射しが暑く、木陰からなかなか出られないが、人も来ず、Tシャツを脱ぎジーンズをひざまでまくり海に入れば最高の気分だ。風が少し出ているので風をよけられる場所にテントを張り、ワインを飲んだ。日が落ち、夕食を食べ、テントに入る。ほとんど波の打ち寄せないメキシコ湾でのキャンプは、月に見守られながら実に静かな一夜となった。

メキシコ湾独り占め。

波の無い鏡のような海の夕暮れは、
空と海の境界線が判然としなかった。

つづく。

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