2011年8月21日日曜日

ジンベイ鮫と泳ぐ日 vol.3

古都メリダにあるホテルの一室に宿をとった僕。連日炎天下で何時間もバイクを走らせているせいか、ひさしぶりのベッドが心地よかったせいか、それとも今日の目的地まで150kmもないという余裕のせいか、ゆっくりとした朝を迎えるのだった。


「チチェンイツァ」と言えばあまりにも有名なマヤ遺跡だ。目玉のエルカスティージョは巨大なピラミッド。そして春分と秋分の年2回それは起きる。ピラミッドの頂上へと延びる階段は蛇の形をしていて、自身が作る影によってあたかも羽が生えたように見えるのだという。いつだったか世界遺産を紹介している本を読んでいて、マヤ文明が高度な天文学を持つと知り、えらく関心したのを覚えている。

明日その遺跡を見学する予定だ。だから今日はその近くまで走ればいい。7時に起きたがすぐには準備をせず、シャワーを浴びてソカロまで散歩した。朝の静かな町はまだ夜の涼しさがかすかに残っていて、気持ちよく歩くことが出来る。ソカロのベンチに腰かけ、町行く人々をぼんやり眺めるというのはささやかながらも幸せな時間だ。

ホテルを出たのは10時を過ぎてからだった。遺跡へ向かう国道までの道順は、フロントの青年に地図まで書いてもらって説明されていたたから迷うことはない。たった一晩泊まっただけで特にこれといったサービスを受けたわけではないのだが、なまり英語の青年もオーナーらしき女性も人当たりが良く、ホテルを後にするときは気分がよかった。毎回こういうホテルだったらいいのにと思う。

国道180号はメリダとカンクンの間を、少し湾曲しながらもほぼ直線的に結んでいて、その途中に遺跡がある。両都市とも緯度にそれほど差異がないので、僕はほぼ東に向かって走ることになる。メリダの郊外にはカンクンまで330kmと出ていた。それほど遠くない。

ちょっとわくわくするタクシー。

カンクンの西、メリダの東。

ピステの町には昼過ぎに到着した。遺跡にもっとも近い町だ。オクソ(コンビニ)があったので冷えたコーラを飲んだ。日本ではほとんど炭酸飲料なんて口にしなかったのに、熱帯の国を走っているせいか近頃は頻繁に飲むようになってしまった。そこからさらに進むと遺跡があった。駐車場はかなり広く、大型のバスが数台行儀よく並んでいた。それだけ訪れる人がいるということだ。見学は明日の予定なので中には入らなかったが、結構な人数が来場しているようだ。

翌日、早い時間から遺跡を訪れた。敷地が広いので歩き回るなら涼しい午前中がいい。開場して間もないゲート付近は人もまばらだ。大型バスもまだ来ていない。チケット売り場で学生証(インターナショナルではなく、メキシコ専用のものだ)を提示してみたが難色を示された。首を横に振られてしまったのだ。ここでは使えないのか。しかし料金表にはきちんと学生料金が記載されている。駄目なの?と聞くと、メキシコの(学校名?)じゃないと駄目だ、というようなことを言われた。スペイン語なのでよく分からない。提示した学生証はメキシコ専用のものだが、学校名はアメリカのものだ。メキシコにある学校じゃないから駄目ということだろうか。それでも僕は

「それはメキシコのだよ」

と言った。もちろん「メキシコの」の後には「学生証」という文字が入るべきなのだが、そんな単語は知らない。係員は、よくわからんがまぁいいだろうという雰囲気で学生料金にしてくれた。116ペソが65ペソになるのだから大きい。学生証を作るのにだってお金はかかっているのだ。

ゲートをくぐり遺跡内へ入る。真っ先に目に入ったのがエルカスティージョだった。本で知って以来この目で見てみたいと思っていた。その実物が今目の前にある。

(ふーむ。これがそうか)

それは実に淡白な感想だった。確かに真っ青な空に向かって建てられたかのようなピラミッドは巨大で圧倒的だ。しかし取り立てて興奮するほどではなかった。なぜだろう。今までもそうだったけれど、どの遺跡を見ても鳥肌が立つような感動がない。本で見て、あれほど興味を持ったというのに、不思議だ。これなら山にでも登ったほうがよっぽど感動する。町の市場でも散歩していたほうが刺激的だ。

とは言いつつも、せっかく来たのだからとくそ暑い中3時間もかけて一通り見てまわった。空には大きな塊のような雲が浮いていて、ときおり太陽がそれに隠れると暑さも和らいでくれた。そんな隙を見ながら歩き回った。やたらとのどが渇き、持ってきたお茶はあっという間に飲み干してしまった。

遺跡には白人たくさん。

これが噂の。

残念ながら現在は登ることができない。

雨神チャック。

昼に遺跡を後にした。次に向かった先はセノーテだ。セノーテはユカタン半島にのみ存在する泉、ということらしいが泉というよりも鍾乳洞というべきだろうか。石灰岩が侵食されてできたそれに地下水が溜まってできたものだ。その透明度は驚異的で、澄んだところでは200mを越えるという。
ユカタン半島には山も川も存在しないから、古代マヤ人たちの貴重な水源であった。と同時に雨神チャックに供物を捧げる場所でもあったらしい。いくつもの装飾品や人骨などが発見されている。

遺跡から東へ5kmほどいくと、イクキルというホテル内にセノーテがあった。セノーテに訪れるのはカンクンに着いてからと考えていたが、こんな暑い日ならばさぞ気持ちよく泳げるだろうと思ったのだ。入場料は結構高く70ペソだった。ホテルはいかにもリゾートっぽい造りで、設備はきちんとしていた。透き通る青い泉に飛び込んで、真夏の太陽が見上げる岩の隙間から降り注げば、気分は最高だ。雰囲気はとても神秘的で、泉にはたくさんの小さな黒いナマズが泳いでいた。

神秘的。

シャワーを浴び、しばらくゆっくりしたあとホテルを出た。ピステに戻り夕食をとってからどこかにテントでも張るつもりだったが雲行きがかなり怪しい。間違いなく雨は降るだろう。さてどうするべきかと考える。そんな時、国道沿いにぽつんとたたずむ小さな教会を見つけたのは偶然だった。そしてそこで一晩過ごすことにした。こんな場所ならきっと誰も来ないだろう。ここなら雨が降ろうが関係ない。

階段をのぼり、小さな部屋ほどの教会に入る。といっても扉などは無い。壁は三面にしかない。教会は黄色とピンクのペンキで塗られていていかにもメキシコらしい。正面の壁には聖母マリアの絵がかけられていて、その前にはいくつものロウソクが置いてあった。

雨雲が大きくなると、ついには雷が鳴り出した。20時を過ぎたあたりから雨も降り出す。雷は激しく空を切り裂き、教会の中を青白く照らした。夕食を済ませてきたのでやることが無い。ベンチに寝袋を広げ、ライトの灯りで本を読んだ。こんな夜にテントならきっと心細かっただろうが、コンクリート造りの教会なら安心だ。雨のおかげで涼しくなっていい、などとのんきに考えながら寝袋に包まった。

つづく。

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