2011年11月13日日曜日

カリブ海の宝石 vol.4

ベリーズを目指しメキシコとの国境へやってきた僕。メキシコ側の出国手続きが終わり、いよいよベリーズの入国ゲートへと向かうのだった。


その橋は、ゆるやかな弧を描くように架かっていた。バイクのギヤを低くして、ゆっくりとそれを渡る。もしかしたらこの橋の下に流れる小さな川がふたつの国を別けているのもしれない。だとすれば、僕は今まさにひとつの国から別の国へと移動していることになる。不思議な感覚だ。

橋を渡り終えると右手に小さな箱型の建物があった。保険屋だった。ベリーズ国内に車両を持ち込む場合、必ず保険に加入しなければならない。ベリーズは3日の滞在を予定していたが、1日7USドルの保険料金は1週間で15USドルだということで、迷わず1週間分加入した。

さらに先に進むと、また小さな建物があった。そこでバイクの消毒をしてもらった。保険同様消毒も必須だ。タイヤに消毒薬をスプレーしてもらい、5ベリーズドル(以下BZドル)。USドルでは2.5(ベリーズでは2BZドル=1USドルの固定レートを採用している)。まだBZドルを持っていない僕はUSドルで支払いを済ませた。

保険、消毒と終わり、いよいよ入国ゲートが目の前だ。それはメキシコ側と比べるとかなり簡素な造りに映る。まわりには何もない。
ゲートの前に立っていた職員は僕を見つけると、バイクをゲート脇に止めてオフィスへ行ってこいと指示した。僕はそれに倣い、必要な書類が入ったバッグをもってオフィスへと向かった。

オフィスの中は外にも増して簡素だったが、合理的な造りではあった。入り口から見て一番手前にイミグレーションのカウンターがあり、その奥には税関のカウンター、そして最後に出口があった。つまりひとつずつカウンターを通過していけば事が済むようになっている。

オフィスの中には数人の職員以外誰もいなかった。大きな建物のわりにカウンターがふたつしかない為、がらんとした印象を受ける。
まずは手前にあるイミグレーションのカウンターでパスポートを提出した。聡明そうな顔立ちをした黒人のオフィサーがそれを受け取った。彼はいくつかのページをめくりながら、英語で、君の場合は審査が必要だと言った。さらに申請には100BZドル、もしくは50USドルが必要だとも付け加えた。

僕は彼の言葉を聞いてふっと心が軽くなるのを感じた。と同時に心痛していたビザの問題もなんとかなるだろうという根拠のない自身が沸いてきた。それは、彼が英語を話したからだ。しかもとてもきれいな英語だった。
ベリーズは、中米で唯一英語が共用語の国。僕は英語さえろくに話すことは出来ないけれど、それでもスペイン語に比べればましだ。メキシコ入国以来さんざんスペイン語に悩まされてきたおかげで、英語を耳にしてこれほどまでに安心する自分がいることに驚いた。

審査に必要な書類(これもすべて英語表記だった)の記入が終わり50USドルと一緒に手渡すと、オフィサーはその金をパスポートにはさみ、扉の奥へと消えた。すぐに戻ってはきたがその手にパスポートはなく、かわりに近くの椅子を指差した。そこに座ってまっていろということだ。やはり時間がかかるようだ。いったいどれくらいなのだろう。わからないが待つしかない。

ビザを取るのにこの値段は正直きびしかった。さらにベリーズの場合出国時にも40BZドルほど支払わなければならない。小さな国で、ただ通過するだけなのに、それだけで140BZドルが必要になるのだ。
安宿に泊まり、安食堂で腹を満たすような旅をしている身ながら、ただ通過するためだけに1日の生活費の何倍もの金を財布から出すことは容易ではない。

しかしメキシコのカンクンから中米を南下するためには、もしベリーズを通らなければパレンケまで一旦戻らねばならず、その工程を選ぶと4日はゆうにかかる。宿泊費、食費、ガソリン代、さらに4日分の労力を考えると、多少高くてもベリーズを抜けたほうが楽だった。

国境のゲートにはしばしばバスが到着し、そのたびカウンターには列ができた。その列は実に多様な人種の人々だった。大きなバックパックを背負ったツーリスト。英国貴族風の身なりをした家族。しかし多くは荷物を山と抱えた買出し帰りの人々だった。そして誰もがほんの十秒ほどの手続きで次々にカウンターを通過していった。きっとベリーズ国民もしくはビザの必要ない国のツーリストなのだ。僕はそれをうらやましく思いながら、ぼんやりとビザが下りるのを待った。

1時間半が過ぎた。一度通り雨が降っただけで、蒸し暑いオフィスの中は座っているだけでもじんわり汗をかく。
突然奥の扉が開き、恰幅のいい年配のオフィサーが僕のパスポートを手に現れた。僕の名前が呼ばれ、カウンターの上で重々しくパスポートに入国スタンプが押された。30日間の滞在許可がおりたのだ。

「ありがとう」

安堵の胸をなでおろし、パスポートを受け取った。これで晴れてベリーズに足を踏み入れることが出来る。しかしバイクを持ち込むには税関に申請しなければならない。まだすべて終わっていない。

スタンプの押されたパスポートを手に税関のカウンターへ進む。税関は、イミグレーションとは対照的に拍子抜けしてしまうほどあっさりしたものだった。書類にさっと目を通しただけで、何の質問もなしにいきなりスタンプを押した。

「ありがとう」

なにはともあれこれですべての作業が完了したことになる。時間はまだ13時半だ。これならベリーズ・シティーまで十分走れるだろう。目の前にある出口を抜け外へ出ると、バイクにまたがりゲート前の職員にパスポートを見せた。
職員は軽くうなずくと、無言のままゲートを開けた。

簡素な造り。

がらんとした印象。

やっと。

つづく。

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