2011年11月6日日曜日

カリブ海の宝石 vol.2

メキシコとベリーズの国境に程近い町チェトゥマルへ到着した僕。ベリーズの入国ビザを取得するべく、この町のどこかにある領事館を探すのだけれど。


必要な書類をバッグに入れ、ホテルの部屋に鍵を下ろした。とにかく領事館を探し出さなければならない。情報は、なにひとつ持っていない。
一階に下り、まずはホテルの人に聞いてみる。片言のスペイン語でのやりとりは一苦労だが、ひとりの男性が場所を知っているらしくその道順を教えてくれた。やった。いきなり解決の糸口が見つかってしまった。しかも歩いていける距離にある。お礼を言うと、すぐにホテルを後にした。

今日中にビザが取れれば万々歳だが、今はもう夕方だ。今日が無理でも明日の朝一番でも問題はない。ビザがあればすんなり入国できるはずだ。となれば今日中に領事館の場所だけでも確認しておくべきだろう。

足早に向かった先に、領事館などなかった。教えてもらった角はきちんと曲がったはずだ。しかしそこにそれと思しき建物はなかった。付近も散策してみるが、やはりない。男性はとても親切に教えてくれた。うそをついているとは思えない。きっとうまく話が通じていなかったか、僕の聞き間違いだろう。男性をとがめる気などまったくないが、これで領事館探しはふりだしに戻ってしまった。時間だけが過ぎていく。

とにかく誰かに聞かなければならない。僕ひとりではどうすることも出来ない問題だ。大きな交差点に差し掛かると、そこには警官がふたりいた。迷わずたずねる。やはり警官は親切にもその場所を教えてくれた。少し遠いがそこへも歩いていける距離だった。
しかし、その先にも領事館はなかった。

(なぜだ。なにがいけない?せめて会話がまともに出来れば…)

そうなのだ。うまくコミュニケーションが取れていないのだ。僕は、必死に事情を伝えようとする。彼らは、懸命にそれを汲み取ろうとしてくれる。お互い歩み寄ってはいるのだが、そこにある言葉の壁はなかなか崩すことが出来なかった。
ベリーズ領事館のありかを聞く-
ただそれだけのことが果てしなく困難に感じる。

そもそも「ベリーズ」からして通じなかった。それもそのはず。「ジャパン」が「ハポン」になるように、「ベリーズ」は英語なのだから、スペイン語を話す彼らにはその単語が理解できない。「ベリーズ」がスペイン語で「ベリーセ」(ベリッセという発音に近い)ということを知るまでに、一体何度彼らに訴えかけたことだろう。万事そんな調子だった。

焦燥感が胸を突く。空は夕暮れ色をしていて夜を待ってはくれない。暗い中、見知らぬ町を歩き回って探すわけにもいかない。果たして今日中に探し出すことが出来るだろうか…。

近くにタクシーのドライバーが数人たむろしているのを見つけた。彼らもやはりその場所を親切に教えてくれた。だが今度は歩いていけそうになかった。

(本当にそこにあるのだろうか?)

もはや何を信じていいのか分からなかった。しかしそれを確かめるだけの語力を持ち合わせていない。教えてもらった場所へ行く以外、僕に出来ることはない。
急ぎ足でホテルへ戻ると、鍵とヘルメットを掴み夕暮れの町をバイクで駆け抜けた。

バイクを走らせながら考えた。他の国の領事館がどこにあるかなんて、一般的に考えれば知っているほうが珍しいのかもしれない。僕だって日本にある他の国の大使館や領事館の場所などほとんど知らない。たとえそれが自分の住んでいる町にあったとしても。
チェトゥマルまでくればなんとかなるだろう。それは、少し虫がいい考え方をしていたのかもしれない。

バイクで到着した先には、イミグレーションがあった。

(これはイミグレーション?それもメキシコの…)

やはり話が伝わっていなかったか。ため息が出そうになる。時計はすでに18時を少し過ぎていた。

「お前はいったい何の話をしているんだ?なんだかわからんが今日はもうクローズしたんだ。用事があるなら明日来い」

まるで取り付く島がなかった。
入り口の前で立ち話をしているふたりの職員に声をかけてみたのだ。その期待したものとは程遠い回答に、僕の中で何かが折れてしまった。それ以上領事館を探すことはしなかった。ささやかな挫折感を味わいながらホテルへと戻った。

ホテルの一階には食堂が併設されていた。なんだか外に食事を取りに行く気分にもなれず、バイクを停めるとヘルメットを持ったまま食堂に入っていった。気分が沈んでいても腹は減るものだ。それもそのはず今日は昼食をとっていなかった。

到着時に受付をしてくれた女性が厨房に立ち、馴染みらしい客がふたりテーブルについて食事をしていた。なにか食べたいのだけど、と女性に伝えると、彼女は手招きで僕を厨房に招いた。そして机の上にいくつか置かれた鍋のふたをひとつづつ開け、これは鶏肉、これは牛肉、これは豆を煮込んだスープといった具合に説明してくれた。言葉で説明するのが難しいと判断してのことだろう。僕はそのなかから牛のひき肉とジャガイモの炒め物を指差した。ぱっと見て、いちばん日本食に近かったからだ。

一旦二階の部屋に荷物を置きに行き、食堂に戻ってくると同時に料理が運ばれてきた。そもそもすべて調理済みなのだから時間はかからない。炒め物は塩味の実にシンプルなものだった。そのままでも十分いけるが、テーブルに置かれたチリソースをかけるとうまかった。そもそもそのために味付けが抑えられているのかもしれない。炒め物のほか、米にトルティーヤ、フリホーレスまでついてきて、すべてを食べ終えた僕はとても満腹だった。


こう見えても主食はやはりトルティーヤ。

膨らんだ腹を抱えて部屋に戻り、ベッドの上に身を横たえた。テレビもない部屋では何もすることがない。ビザについてはなんの進展もなかった。
明日できればベリーズに入国し、ベリーズ・シティまで行きたい。ベリーズは小さな国だから距離的には何の問題もない。問題は入国だ。明日の朝もう一度イミグレーションまで行ってみよう。もし要領を得なければ、もはや国境まで行ってしまおう。
満腹感が少し心配事をやわらげてくれたのか、依然ベッドの上で仰向けになりながらもきっとなんとかできるだろうという多少の自信を取り戻すことができた。

つづく。

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