2013年11月24日日曜日

エル・ドラド vol.2

メデジンを出たその日、どこか適当な場所で野宿でもしようかと思いつつ、結局街外れに宿を確保した僕は、翌朝の青い空に今日も暑くなることを期待しながらバイクにまたがった。


昨日の夕方は散々だった。朝から走り出してずっと雲ひとつない空を見ることが出来たから、適当な場所を見つけて適当に野宿でもしようとお気楽な考えでバイクを走らせていた。しかしそんなときに限ってうまくいかない。
国道沿いにはテントが張れそうな場所をいくつか見つけることができたのだけど、どれも見通しが良すぎてどうにも落ち着かないのだ。ずっと奥に行けば隠れることはできるのだけど、そうすると今度はテントを張れなくなってしまう。手前か奥か。奥か手前か。何度もわき道に入ってみては首をかしげ、決め手に欠いたままでいた。

国道沿いにオスペダヘを見つけたのは、夕焼けが今にも地平線に吸い込まれるかという頃合だった。街に入る手前、民家がぽつりぽつりと建ち始めたころにそれはあった。国道に向かって掲げられた看板だけが頼りで、建物は至って簡素。コンクリートの箱をそのまま大地に乗せただけのように見えた。
それは部屋の中も同様で、四角四面でじめじめした室内は窓さえない。しかし個室で12000ペソは安かった。さらにあっさりと10000ペソまで値段が下がったのだから二つ返事だ。
だって昨日までヘンスとふたりで部屋をシェアしていたにもかかわらず、ひとり20000ペソ払っていたのだ。約6ドルでベッドとシャワーが手に入るのなら、窓がなかろうが気にならない。

宿の主人であろうオヤジは上半身裸で受付をしてくれた。日本ならあり得ない事かもしれないけれど、こうも暑い国ではそれが当たり前のように思えるから不思議だ。
バイクは裏の駐車場に、そしてほとんど空いている部屋はどこでも好きに使って良いと言われたから、遠慮なく大きめの部屋を選んだ。どの部屋もトイレと水シャワーが付いていたけど、まぁお世辞にも綺麗とはいえない。もちろんそれ以上は望んでいない。安全に一晩寝られるなら、日中にかいた汗を水で流せるなら、それだけで10000ペソの価値はある。

 こんな宿に寝ています。

8時半には走り出した。天気はこの上なかった。太陽はもうすでに昇りはじめ、陽射しは余すところがない。ぎゅっと目をつぶると、太陽はまぶたの裏で紅く染まった。

給油のためにガソリン・スタンドに立ち寄ったのは10時過ぎだった。昨日は一度も給油せずに走ったから、そろそろ頃合だ。いくら燃費のいいイーハトーブと言えど、ガソリンを入れないバイクはただの鉄の塊だ。
ガソリンが思いのほか高いコロンビアだから(これまでの国で一番だ)、ハイオクはやめてレギュラーを入れようかなどと考えていたものの、実際田舎のガソリンスタンドにはそもそもハイオクなどなかった。誰もが一様にレギュラーを給油するしかなかったのだから要らぬ心配をしたものだ。
それにしても1ガロンで8800ペソは、4リットル弱で5ドルということになる。この国の物価から考えればかなり高い。

給油を終えたら店の隅で休憩を取らせてもらった。段差に腰を下ろして地図を広げる。のんびり走るにはこの上ない天気だったが、昨日走った寸分とこの大陸の大きさを照らし合わせると、必然的に複雑なため息が出てしまう。地図ではカルタヘナからわずか数センチも進んでいない。だけどこの大陸は一度に地図を広げることが出来ないほどだ。ため息には、喜びと憂いが等しく混ざり合っていた。

「ティントはどうだ?」

そう言ってくれたのはバイクに給油をしてくれた店員だった。コロンビアではコーヒーのことをティントと呼ぶ。もちろんカフェと言っても通じるのだけど、ティントの方が一般的だった。
彼は店の中に入ると小さなカップにティントを注いでくれた。カルタヘナでもそうだったのだけど、小さなカップで飲むのがコロンビア流らしい。カップに注がれた褐色の液体はやはりというか顔をしかめるほど甘かったけど、豆の味は良いものだった。

そのまま街の中を抜るように走った。街はどこにでもあるような小さな田舎街で、国道だというのに信号ひとつ見当たらない。道の両側には店や屋台がならんでいて、バイクや車が走り抜ける中をのんびりと馬車がひづめの音を響かせていた。カルタヘナほどの都市ではさすがに馬車を見ることはなかったが、田舎では馬車を多く見る。まだまだ人々の足、道具として現役だ。そののどかな風景に、こちらまでのんびりした気分にさせてくれる。

あまいティント。
ごちそうさま。


馬車はとてものんびり。

大きな橋を渡った。眼下には茶褐色の川が流れ、橋の両側には大きなナマズを売る店が軒を連ねていた。店先には何匹ものナマズが口を開けてぶら下がっている。カルタヘナを出て2日目。道はすっかり内陸を走っていたから、川で捕れる新鮮なナマズは、この辺りに住む人々にとって貴重な食料なのかもしれない。僕はこれまでナマズを食べたことはなかったけれど、特に食べたいとも思えなかったので、ふーんと鼻を鳴らしただけでその場に止まることもなく通り過ぎた。

道はやがてその川沿いに走るようになた。カウア川だろうか。両脇は山に囲まれ、流れが速い。やはり水のあるところには生活があるようで、民家がぽつりぽつりと途切れることなく続いた。

川沿いを走る。

川沿いに見つけた宿は小さな部屋ながらも清潔感があり(やはり窓は無かったが)、値段も15000ペソを13000ペソに下げてくれたために手ごろだった。時間は16時半と少し早い気もしたが、メデジンまで残すところ180kmとなれば遠くは無い。なにより宿の裏に流れるカウア川が良かった。ナマズがたくさん捕れる川。荷物を部屋に入れシャワーで汗を流したら、早速川が見たくなって散歩に出た。

さて、どうやったら川原に下りれるだろう。そう思って宿を出ると、間髪いれずに地元の子供たちに捕まってしまった。瞬間に質問攻めだ。ひとりの子に手をとられては、民家の前に連れてこられた。そしてあっという間に7、8人に囲まれてしまった。家の前では椅子を並べて地元の人々が談笑していた。夕涼みといったところだろうか。

夕涼み。

少し話をしたところで僕は子供たちに、

「どこか川を良く見られる場所はないかい?」

と尋ねた。子供たちは、これは自分たちの使命だ、と言わんばかりに元気に歩き出した。国道を横切り、民家の軒下をくぐり、庭をつき抜け、道も無いバナナ林の中を跳ねるように下っていった。その先に小さくできた砂の岸があった。
なるほどここなら川が良く見える。川の流れは思いのほか速く少し怖さを感じるほどだが、確かにいい場所だった。迷うそぶりも無くまっすぐにたどり着いた感じから、きっと子供たちの遊び場所なのだろう。そんな秘密基地に連れてきてくれたことがうれしかった。

「写真を一枚撮らせてくれないかな?」

カメラを向けた子供たちの笑顔はとても明るく、ちょうど夕焼けが始まった空はなんともいい感じだった。

バナナ林を抜けて。

カウア川の夕焼け。

 秘密基地と子供たち。

つづく。

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