2013年11月25日月曜日

エル・ドラド vol.3

ひとしきり子供たちと遊んで部屋に戻った僕は、宿に併設されたレストランに足を向けた。
カルタヘナで両替したペソがかなり乏しくなっていたので今晩はおとなしく部屋でパスタでも茹でようかとも思ったのだけど、すっかり腹ペコだったからそれも億劫になってしまったのだ。といっても明日の事もある。財布の中身を計算すると、なんとか3500ペソなら使えそうだった。街の食堂は大体4000から6000ペソが相場。果たして3500で何か食べられるだろうか。

レストランのセニョーラに3500ペソで何か食べられるものはありますか、と頼んでみる。すると彼女は僕をテーブルに着かせ、自分はキッチンへと入っていった。
他に客らしきはいない。飲料用の冷蔵庫の上に置かれたテレビからはコロンビアの番組が流れている。レストランと言っても萱葺きのような屋根があるだけで、キッチン以外の三方は壁も無い。通行人どころか、猫やアヒルも店の中では我が物顔だ。

牛肉のスープ、フリホーレス、トルティーヤ、米それにオレンジジュースが僕の前に運ばれてきた。温かいスープはさまざまな香辛料が効いていてともておいしかったし、何より腹一杯になる量がうれしかった。
すべてを食べ終えてお金を払おうとすると、女性は僕の手から2000ペソしか受け取らなかった。それではあまりにも安すぎる。そもそも3500ペソでさえ足りないかもしれないのに。

「いいのよ」

女性は言ってくれた。僕は素直にその好意を受け取ることにした。

「ありがとう。とてもおいしかったよ」

そうは言ったものの、僕はなんだか自分が恥ずかしくなってしまった。確かに明日のことを考えると使える金はあまり無かった。3500ペソでは食べるものが無いと言われれば、素直にパスタを茹でるつもりだった。だけどまったく金がないというわけではなかった。それなのにあまり金が無いんだということを前置きして、どこかで人の親切を期待していたのではないか。そう思ったら恥ずかしくなってしまったのだ。

旅なんて所詮自己満足以外のなにものでもない。貧乏旅行をしているのも自分のせいだ。そんな基本的なことに蓋をして、当たり前に親切を期待するようになったらお終いだ。いくら長旅をしていようと「金がない」は免罪符にならないんだよ、そう自分に言い聞かせた。何かの本ではないけれど、僕もこれからはそれを禁句にしようと思った。


翌日の天気も上々だった。空に雲は浮かんでいるものの、雨の気配はどこにも感じられない。これなら今日も気分よく走ることが出来そうだ。
部屋を片付け、バイクに荷物を積み込んだら部屋の鍵を返した。出発の準備はできたのだけど、一言レストランのセニョーラにお礼が言いたくて僕は足を向けた。女性は上機嫌で朝の準備をしていた。僕が昨日のお礼を言うと、

「まだ時間あるでしょ?ティントを今入れるわね」

といって昨日と同じように僕をテーブルに着かせた。そして目の覚めるような甘いコーヒーを持ってきてくれた。
行き交う車を眺めながら熱くて甘いコーヒーをすすっていると、なんと今度は朝食まで運んできてくれた。それもまた腹いっぱいの量で。驚く僕に、

「たくさん食べてね」

セニョーラは微笑んだ。僕はありがたくいただくことにした。胃袋と一緒に胸の中もいっぱいになった。何度もお礼を言った。金なんてきっと受け取ってくれないことは分かっていたから、何度もお礼を言った。

ありがとうセニョーラ。

今日の天気も上々だった。僕は、メデジンに向けて最高に気分よく走り出すことができた。

つづく。

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