2011年10月2日日曜日

ジンベイ鮫と泳ぐ日 vol.4

雨を避けるため、国道沿いにある小さな教会に逃げ込んだ僕。今まで散々いろいろなところで寝たことはあるが、教会で朝を迎えたのは実は初めてだった。


昨夜の雷雨もすっかり姿を消している朝。教会のコンクリートに守られ、何も濡らすことなく一晩を過ごせたのは幸いだ。壁にかけられた聖母マリアは今日も静かに祈りを捧げている。ありがとう。そっとつぶやいて教会を後にした。

ここからカンクンまで、今日中に走ろうと思えば行ける。しかしこのまままっすぐ180号を東に向かうのも面白くないな。そう思いつき、もう一泊どこかでキャンプでもしてからカンクンに入ることにした。地図を見て、この先のバジャボリドという町から北に進路をとる。そのまま北に100kmほど走れば海に突き当たるはずだ。せっかく余分に移動するわけだし、少し足を伸ばして海でも見に行こうと思ったのだ。

180号から295号へ左折。道はほぼまっすぐ北に向かっていて、通りかかる名も知らない町のソカロで休憩をする。どの町のソカロにもベンチがあって、木陰があって、地元民で賑わい、雰囲気がよく、休憩するにはもってこいだ。これまで田舎町のソカロで何度休憩したことだろう。今日もまた旅行者がとても訪れないような小さな町のソカロでのどかに休憩をしている。それもバイク旅のいいところだ。

見上げる空にいつの間にか雨雲らしきが発生し、風も少しでてきてしまった。午前中は快晴だったのにまた今日も雨だろうか。昨日のような雷雨は勘弁してもらいたいものだ。せめて雨が降る前にテントを。そう思い、隣においてあるヘルメットを掴むと、小さなベンチを後にした。

海に出たの夕方だった。すれ違う車のほとんどない国道はやがて小さな町に入り、さらにそのまままっすぐ町を進むと海に突き当たった。きれいな海だ。町の西側には小さな漁港がある。夕暮れの漁港には誰も居らず、静かな時間が流れていた。

静かな漁港。

このあたりにはフラミンゴが生息しているらしい。小さなツアー会社の前を通りかかった僕は執拗に勧誘を受ける。ガイドらしきおやじは客を獲得しようと必死だが、今の僕にそんな暇と金はない。ツアーといってもきっとボートでフラミンゴがいる場所まで行って帰ってくる、それだけだろう。何万羽もいるというならまだしも、フラミンゴをわざわざお金を払って見たいとは思えない。こっちはとにかく雨が降る前にテントを張りたいのだ。ノーサンキューだよ。あっさりと断ってその町を後にした。

海に突き当たってしまったのでもう北には進めない。東に向けて走る。道路一本はさんで左手には海が、右手にはピンク色の湖がある。なぜ湖がピンク色をしているのか。わからない。不思議だ。
バイクを降りて浜辺まで歩くと、雲の隙間から斜陽が射しこんで海に落ちていた。もう海まで到着したし、ここまで走れば町からだいぶ離れたはずだ。おそらく誰も来ないだろう浜辺がそこにあったが、風があったのとバイクを乗り入れることが出来なかったため、そこにテントを張るのはやめた。

不思議な色をしている。

雲の隙間から降り注ぐ。

海から少し離れた空き地にテントを張る。ポツリポツリと小雨が降り始める。テントのフライシートをつけ、荷物を入れたところで一台のパトカーが止まった。道路から完全に死角になるような場所が無く、進行方向によってはその姿が見えてしまう場所だったのだ。暗くなれば問題ないだろう。そう思ったのだが、暗くなる前にパトカーが止まってしまった。

「なにをしているんだ?」

テントを張っている者に対して何をしているかと聞かれても困る。テントを張っているんだ、そう答えればいいのだろうか。

「ここは駄目か?」

もはやテントを張ることを前提とした言葉で質問し返した。降り始めた雨の中、俺はもうここで寝るぞという意思表示だ。しかし駄目と言われれば撤収するしかない。山の中の小さな村の出来事が頭をよぎる。少し考えた警官はバケーションか?と聞き、僕がそうだと答えると、彼は笑顔で問題ないと言った。

晴れていた。夜中に降っていた雨は上がり、今朝もやはりすがすがしい青空だった。
今日はこのまま東へエルクヨという町まで海沿いを走り、そこから一旦南下して180号に戻りカンクンまで走る予定だ。
持っている地図ではエルクヨまでかろうじて道がつながっているようだが、それはかなりあやしい。海と湖(ラグーナと言った方が的確か)の間に出来た砂州のような場所を行く。それはまともな道じゃないかもしれないし、もしかしたら行き止まってしまうかもしれない。でもとりあえず行ってみようと思った。駄目なら引き返せばいい。どうしても今日中にカンクンに到着しなければ明日が無いというわけでもない。それに誰も来ないようなところを走れるのもバイク旅のいいところだ。

果たして道はまともじゃなかった。アスファルトはあっけなく途切れ、締まったダートに変わったと思ったらそれもほどなくして砂地の道に変わった。ハンドルを取られてうまく進めない。曲がることのないまっすぐに伸びた道だというのが救いだ。

左手の海は茂みに阻まれ眺めることが出来なかったが、右手の湖は楽しめた。紅色のフラミンゴが散見され、それはピンクの湖と相まって幻想的な雰囲気をしていた。さらに進むと塩田を見ることが出来た。湖は塩湖だったのだ。ミネラルが豊富でピンク色をしているのかも知れない。数人が作業する塩田で、そのピンク色ひとかけらを拾って口に入れた。それは結晶が固く、あたりまえにしょっぱかった。岩塩というものだろうか。

道はまっすぐに伸びる。

紅色フラミンゴ。

ラグーナを見ながら。

薄紅色の結晶。

神経を使うダートは進めども終わりが見えず、まさかこのまま行き止まりなのではと心配になった頃、エルクヨの町に抜けた。たどり着いた舗装路は快適そのものだ。見つけた売店で冷たいジュース買うと、日陰に座り一気に飲み干した。

どこからか笑い声が聞こえる。左を見るとそこには学校があった。東洋人が珍しいのか、塀の上から顔だけ出した女学生たちがひそひそと何かを話している。目が合うとさっと隠れる。そしてまた顔を出す。そんなことを何度か繰り返す。ためしに手を振ると、わぁっと歓声があがった。彼女たちに僕が日本人だということがわかるだろうか。きっとわからないだろうな。メキシコの、それもカリブの海に近い町では東洋とはどこかおとぎ話でも聞いているような感覚だろう。実際僕だってカリブ海なんて言われてもそれがおとぎ話のように聞こえるのだから。

やっと到着した町。

汗がひくのを待ち、今日もまたどこからともなく湧き出した雨雲に立ち向かうようカンクンに向けて走り出した。

つづく。

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