2011年10月15日土曜日

ジンベイ鮫と泳ぐ日 vol.5

海碧の海と、石竹の湖と、紅のフラミンゴを楽しみつつエルクヨの町まで到着した僕。今日もまた湧き出した雨雲なんかには負けじとカンクンへ向かって走るのだった。


コバルトブルーの海とお別れをして一路カンクンを目指す。もっともカンクンと言えばカリブ海の一大リゾートだ。きれいな海には事欠かないのだろうけど。

誰もいない浜辺。のんびりできる。

エルクヨの町を抜けると空に真っ黒な雨雲を見る。潔いほど青空と雨雲がはっきりとわかれていて、そこを境にして雨が降っているのは一目瞭然だ。そして悪いことに僕はそこへ向かって走っている。これは間違いなく降られるな。当然。何度も雨宿りをするはめになった。それでもずっと降り続く雨ではない。時には木の下に、時には軒先を借りて、しばらく待つと決まって雨脚は弱くなる。そのすきに先に進む。そしてまた雨宿り。そんなことの繰りかえし。

雨宿り。

小さな村のスクールバス。

雨雲がはけてきた。

カンクンに近づくにつれ雨雲がはけてきた。向かう先は青空だ。気持ちを上げて一気に走る。
カンクンはカリブ海の一大リゾート。よってこんな僕でもその名前を知っているような一流ホテルがずらりと軒を連ねる。しかしこんな僕はそんなホテルなど泊まれるはずも無い。煌びやかなホテルゾーンへは目もくれず、セントロへと向かった。

そこはカンクンがリゾートとして開発される前からある市街地だ。今ではホテルゾーンで働く人々のベッドタウンになっているようで、大型スーパーからティエンダ、露店まであり、庶民的な雰囲気が漂う。

そこにロサスシエテはある。カンクンのセントロに2軒ある日本人宿のひとつだ。ふたつあるうちのどちらに泊まろうが大差はないのだろうけど、事前情報でバイクが十分停められるスペースがあることと、サンクリストバルで知り合った女の子と「お互いカンクンに行くなら、じゃぁロサスでまたゆっくり酒でも飲もうよ」なんて何気なく約束をしていたからだ。

国道180号から外れ、セントロと示された道路標識に沿って進む。が、案の定どこを走っているのかわからなくなる。そろそろ誰かに道を聞かないとまずいなと思った頃、意外と宿の近くまで来ていることが判明した。今止まっているウシュマル通りは確かに手持ちの地図にのっていて、少し戻るような形になるけれど宿までは数百メートルの場所にいるようだった。

宿に到着し鈴を押す。しばらくたって現れたのはオーナーだった。

「バイクがあるんですが」

僕の言葉に

「バイクなら中庭に入れればいい」

といって鉄の扉を開けてくれた。

バイクを中庭に入れ、受付のためにヘルメットとタンクバッグだけを持って中に入る。と、驚いたことにそこには知った顔があった。メキシコ・シティーで会った女の子がリビングにいたのだ。

「久しぶりだね。カンクンに来てたんだ」

シティーで別れた後、どこをどうたどって来たのかは分からないが、またカンクンで会うことになった。
同じ時期に旅をしている者同士、何度も再会することは珍しくない。北か南か西か東か。大体の進行方向と移動スピード(旅の期間というべきか)が同じようなものなら、それはよくある。とても自由な旅だから地球上のどこへ行こうがかまわないのだけど、結局はだいたい同じような行き先になる。そして旅を続けていく限り、こんな再会は幾度となく味わうことになるのだろう。

悪い癖がでてしまった。またしてもだ。日本人宿に入るとそれは出てしまうのだけど、ついついゆっくりしてしまうのだ。カリブ海のリゾートだというのにカンクンに到着して数日海にも行かず、行った場所と言えばスーパーと市場とコンビニと銀行くらいのものだった。一日のそのほとんどの時間を宿で過ごし、他の宿泊者と旅の話をしたり、本を読んだり、まだ明るいうちからビールを飲んだりしていた。日の高い時間に動き回るには陽射しも気温も厳しかったというのもあるが、一番の理由は純粋にゆっくりしたいという欲求からだった。
移動中の日々はその大半をバイクの上で過ごす。その日の寝床を確保するのにも骨を折る。そして耳に入るのは聞きなれないスペイン語ばかりだ。

ここにいればそんな心配事はなにひとつない。自分のベッドがあり、いつでも浴びられるシャワーがあり、冷蔵庫には冷えたビールがあり、そして会話はすべて日本語だ。
要するに楽なのだ。
僕は今回それほどストイックに旅をしようとは思っていないので、ゆっくりする時間を惜しまないようにしている。それが良いとか悪いとかいう問題は別にして、実際それが長く旅を続けるコツのように思う。

朝のドミトリー。まったり。

午後のリビング。まったり。

近くの公園でやっているサルサ教室に行ってみた。

そんな穏やかな日々が流れていたのだが、ひょんなことからジンベイ鮫を見に行くことになった。
一年のうちのこの時期、カリブ海沖にジンベイ鮫の群れが現れるという情報は知っていた。そしてなぜかそんな時期にカンクンに来てしまった僕は、その現生する中では世界最大といわれる魚を見に行くことになってしまった。

事の発端はひとりのダイバーだった。彼(もちろん日本人だ)はアメリカから夏休みを利用してカンクンにやってきた。もちろんカリブの海を潜るのが目的なのだけど、ジンベイ鮫を見ることも大目的だと言った。その彼がある日セントロにある会社を通してジンベイ鮫ツアーに申し込みをしてきたのだ。

「思ったより安くて、全部で100ドルだったよ」

僕が知っていた値段はツアーなら200ドルというのが相場だった。一泊10ドルもしない宿に泊まっている身として、200ドルというのは結構な出費だ。しかしそれはどうやら煌びやかなホテルゾーンから出るツアーの値段であるらしかった。セントロにあるツアー会社では、その料金が一気に半分になってしまう。200ドルというのは金のある観光客向けの値段だったのだ。

翌日、早朝から宿を出た彼が宿に戻ってきたのはまだ夕方前だった。そして興奮冷めやらぬといった口調でその始終を話してくれた。ボートで1時間揺られた先で見たものは、100匹を超えるジンベイ鮫の大群だったのだ。体長7、8メートルもある魚が100匹も回遊していれば、尋常じゃない。そしてその群れの中を泳ぐのだ。話を聞いただけでこちらまで興奮してしまう。

さらに彼はこう付け加えた。ツアー会社を通さずに直接港まで行って船長に交渉すれば80ドルでいけるらしい、と。安いと思った料金がさらに安くなってしまった。差額の20ドルは、思うにツアー会社のマージンなのだろう。これは確実な話ではないが、一方で決定的でもあった。僕は俄然行く気になった。こんな機会はこの先もう無いかもしれない。これを逃す手はない。にわかに心が浮き立った。

早速他の宿泊者から参加希望者を募った。参加者は僕を含めて4人集まった。夕方のリビングで作戦会議をする。まず明日直接港まで行き、船長と交渉をする。もし参加できないようなら仕方ない。物見遊山ということで帰ってくればいい。料金は100ドルをボーダーとしてできるだけ下げる。目標はひとり80ドル。朝6時半に宿を出発。港まではタクシー。そういう話で落ち着いた。

つづく。

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