サン・アグスティンを出た日、僕はバイクの上で激しく後悔していた。
(なぜだ?なぜこんな日に出発してしまったのだろう)
やはりというべきか。降りだした雨は、僕の期待とは裏腹に次第に強さを増していった。それは山越えのダートをぬかるみへと変えただけでなく、体温まで容赦なく奪っていく。体が小刻みに震えだす。
その日は朝から激しい雨だった。強い雨音を聞きながら、宿の温かいベッドの中で、もういちにちテレビでも見ながらグダグダするか、などと甘い誘惑にかられていたのは事実だ。今更何を言っても始まらないが、雲の切れ間から薄日を見ただけで安易に出発してしまった朝の自分を、寒さと、バイクがはね上げる泥水に耐えながら、ひたすら呪うしかなかった。
こんな日にバイクで走るやつなんて誰もいないよ。
なんて思っていたら、まさか二人乗りのもう1台が後方からやって来るではないか。そして僕の少し先に停車し、こう尋ねてきた。
「タイヤがパンクしてしまったんだ。空気入れを持っていないか?」
泣きっ面に蜂なのは、彼らの方だった。ただでさえ雨のダートで不快なのに、そのうえパンクだなんて。雨の日のパンクなんて考えたくもない。僕は、持っていた空気入れを渡した。応急用の小さな手押しポンプでは十分に空気は入らないが、ある程度弾力を取り戻したタイヤなら、山を下るくらいはできるだろう。
「ありがとう。助かったよ。で、いくらだ?」
ひとりの男が尋ねてきた。
「まさか。お金なんか要らないよ」
今の僕にはこんなことしかできないが、困ったときはお互いさまだ。むしろ、僕の方が多くの人の親切を受けて旅を続けている。先を急ぐ彼らを見ながら、小さくても人の役に立つというのはうれしいものだな、と思えた。
なんだか気をよくした僕は、雨の中を再び走り始めた。すると、とたんに雨脚が弱まるではないか。峠を越えたところで、雨はついにやんでしまった。どうやら山を挟んだこちら側は、まったく降っていなかったらい。山を下りるに従い、気温も上がってくる。やがてダートも終わりを告げる。泥色の山道から、黒いアスファルト。乾いた舗装路がこんなに楽だなんて!
さっきまでの愚痴はどこへやら。やっぱりこうでなくちゃ。現金な僕は、突然山間に現れたポパヤンの町中へとバイクを走らせた。
つづく。
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