2012年5月18日金曜日

湖の色は空の色 vol.1

ベリーズ・シティーの安宿で朝を迎えた僕。次なる国グアテマラへ入国するべく朝早くからバイクを走らせるのだった。


6時前に目を覚ました。ちまちまと荷物をまとめ、シャワーを浴びて、7時にホテルを出る。走る路面は黒く濡れていて、夜明け前に雨が降っていたことを教えてくれる。見上げる空には未だ大きく厚い雲があり、天候はあまり思わしくない。

西へ向かってのびる一本道を行く。このまま走れば自動的にグアテマラとの国境に到着するはずだ。町を抜けると目の前には牧歌的な風景が広がり、のんびり走 るには申し分なかったが、西へ向かうにつれ雲行きは悪くなる一方だった。遮るもののない空をぐるりと見渡せば、必ずどこかで雨が降っていた。黒い雨雲の下 には灰色の柱が幾本ものびている。道は運良くそんな柱を避けるように進んでくれたが、時折ぱらつく雨に濡れ、気まぐれに差し込む陽にそれを乾かしながら 走った。

道は西へ。
道中の昼食。ププサと米のジュース。
やっぱり牧歌的。
国境に到着したのは昼を少しまわった頃だった。まずはベリーズの出国手続きをしなければならない。出国税が20USドルほど必要と聞いていたが、向かった支払い用のカウンターには誰もおらず、その先のイミグレーションでパスポートを見せるとあっさり出国スタンプを押されてしまった。スタンプを押してくれた女性オフィサーはこれですべて終わったと言う。

(あれ?金は?)

と思ったが、良いというものは良いのだろう。もしなにかしら記録が残ったとしても、ベリーズなんてそうそう来ることもない。

(まぁいいだろう)

ひとり納得し、少し得した気分で出国ゲートをくぐった。

ベリーズ側国境に到着、
さて、次はグアテマラ入国だ。バイクを止めヘルメットを脱ぐや否やひとりのグアテマラ人のおやじに散々話しかけられる。そしてイミグレーションの場所からなにから丁寧に教えてくれる。それはとてもありがたいことなのだけど、そんな親切は金が目的以外考えられない。適当に聞き流しながらさっさとイミグレーションで入国手続きをした。

手渡したパスポートをパラパラとめくっただけのオフィサーはやぶからぼうに

「20ケツァール」

と言った。僕はそれを財布から取り出し、金と引き換えに90日分のスタンプが押されたパスポートを受け取った。そのときは知らなかったが、あとで聞いた話、どうやらその金はオフィサーのポケットマネーになるということだった。そして多分つきまとってくるおやじにもいくらか渡されるのだろう。ただ、この20ケツァールを出し渋ると90日のスタンプがもらえない場合があるよ、とも聞いた。たかが200円。されど200円ということか。

隣に併設されている税関のカウンターへ移動し、バイク用のペルミソ(一時輸入許可証)の作成をする。が、ここでパスポート、国際免許、バイクの登録証のコピーがそれぞれ必要になってしまった。パスポートと登録証のコピーは持っていたが、国際免許のコピーまでは持っていなかった。さてどうしようかと思っていると、先ほどのつきまといおやじがどこからともなく現れ、近くにあるコピー屋まで連れて行ってくれた。しかし今日は土曜。残念ながら店は開いていなかった。

(まいったな)

おやじはしきりとタクシーで町まで行けばいいと言ったが、それも面倒だし金もかかる。しばらく思案していると、おやじはどこからともなくコピー屋の人を連れてきて、半ば強引に店を開けさせた。

(おぉ。なかなかやるじゃないか!)

処置なしと思っていた状況からまさかの好転で晴れてコピーを揃えることができた。再度税関へ赴くと、ナンバープレートと車台番号のチェックをしてペルミソを作成してくれた。しかし、ここでまた問題が発生してしまう。ペルミソ作成代金として160ケツァールが必要だと言うのだ。
高い。去年バイクでグアテマラへ入国した人の情報ではペルミソ代は40ケツァールだった。僕はその情報を信じて100ケツァールほどしかグアテマラの通貨を用意していなかったのだ。

「確か40ケツァールって聞いたけど」

と言ってみたが、どうやら今年になって値上がりしたらしい。結局手持ちのUSドルをその辺で暇そうにしている両替商からケツァールに変えてもうしかなかった。銀行などに比べレートは良くないだろうが仕方ない。今持っているケツァールではぜんぜん足りないのだ。それにしてもまさか代金が4倍に値上がっているなんて思いもしない。本当かよ?と疑いたくなるが、きちんと銀行の窓口で支払い、領収書までくれるから正規料金なのだろう。

すべての作業を終え、グアテマラへ入国した。国境越えはなんだかんだとすんなりとはいかない。ポケットマネーについてはいい勉強になったが、そのおかげでコピーを揃える事が出来たとなればむしろありがたいことだ。
グアテマラへ入るとまた風景が一変した。それは一言で言うなら”貧しい”だった。みかける家は粗末で、子供たちはみな裸足だった。そしてやたらと鶏がいた。しかも道の真ん中にまで我が物顔でうろついているものだから、バイクで走っていてもいちいち気をつけなければいけない。

グアテマラへ。ガジョ看板が泣かせる。
うっそうとした熱帯地域の中をさらに西へ走る。国境付近は晴れていて暑いくらいだったのに、西へ進むとまた雨が降り出した。ときおり雷まで鳴り響いた。しかも道は突然未舗装になったりして、タイヤが跳ね上げる泥で人もバイクもあっという間に汚れてしまった。

ベリーズからグアテマラ北部に入った僕の目的は、ティカル遺跡だった。数あるマヤ遺跡の中でもハイライトと言っていいそれはグアテマラ北部の密林の中にある。しかし遺跡付近に町はなく、大抵の旅行者は遺跡から60kmほど南にあるフローレスという町に泊まる。ペイン・イツァというの湖のほとりにあるその町は宿も多くなにかと便利らしいが、反面とてもツーリスティックだと聞いていた。僕はそんなフローレスへは向かわず、その手前にあるエル・レマテという小さな村へバイクを停めた。エル・レマテは同じ湖のほとりにある村だが、何もなく、穏やかな時間を過ごせると聞いていたからだ。

雨の中到着したエル・レマテは本当に何もなかった。きれいな湖のほとりに小道があって、そこにぽつりぽつりと民家やティエンダ(個人商店)があるだけだった。ホテルは数軒。旅行者もほとんど見かけずとても落ち着いた雰囲気だ。なにより俗世とは切り離されたかのように穏やかな湖がよかった。

カサ・ラハというホテルはドミトリーで40ケツァールだった。ベリーズから来た僕にはやはり物価が安くて安心できる。ホテルのマネージャーらしき人は英語もでき、とても穏やかな話し方で感じが良い。実は今あまりケツァールを持っていないのだけど、と伝えると、代金はいつでもいいといってくれた。

荷物を部屋に入れ、シャワーを浴びると雨はあがっていた。ティエンダでビールとクッキーを買い、湖にのびる桟橋の上に腰かけて飲んだ。湖水はおそろしく透明で、鏡のような水面は紅く色づき始めた空の色を正しく反映していた。こんなに静謐な湖を今まで見たことがあっただろうか。そこではただ安穏として平和的な時間だけが流れていた。

静かな湖畔。
つづく。

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