2012年5月24日木曜日

Daydream Believer

コバンの北にある山道を走行中に転倒してしまった僕。傷を負いながらも人々に助けられ、なんとかアンティグアの日本人宿にたどり着くことができたのだった。


一旦ふさぎこんだ心はなかなか晴れなかった。宿へ入った翌日、紹介してもらった病院へ出向き傷を見てもらった以外、数日間はなにもする気がおきなかった。立ち上がるだけでじんじんと痛む傷では歩くことも億劫で、トイレに行くのさえ面倒だった。傷はなかなか乾かず、シーツが擦れるだけでも顔がゆがんだ。毎日、傷口をシャワーで洗い流し、劇薬でも塗りこんでいるかのような消毒は、本当に嫌で仕方なかった。

やがて傷口がかさぶたになり、少しずつ歩くことが出来るようになると、徐々に元気を取り戻すことが出来た。

同時期に宿泊していた旅人とも冗談を言い合えるようになり、やがて仲良くなった。そのうちそんな仲間と毎日夕食を作って食べる事がしきたりとなった。
朝起きて談話室へ行く。談話室にはひとりふたりと集まり、飯を食いながら、コーヒーを飲みながら、おしゃべりをする。それは旅の話だったり、他愛もない世間話だったり。やがて朝から学校(スペイン語の語学学校)に通っている人が帰ってくると、昼を過ぎたことを知る。適当に昼食を済ませ、洗濯やらなにやら所用をすませるともう夕方に差し掛かり、皆で近くのメルカド(市場)に買出しに出かける。夕食を作り、ゆっくりと食べながら、酒を飲み、夜をふかした。

宿の屋上でBBQ。

屋上から望むアグア火山の夕景。

アンティグアにあるマクドナルドの中庭。

中庭2。
奥には廃墟の教会。遠くにアグア火山。
こんな素敵なマクドナルドは他に知らない。

それは実に穏やかな日々だったが、沈んだ気持ちを回復させるにはこの上ない特効薬のように思えた。日々を無為に過ごす僕とは違い、仲良くなった皆は、何かに向けて今を真剣歩んでいるように見えた。痛む傷を抱え、僕にはまだバイクに乗ることは出来なかったけれど、おかげで何かをしなければ、と思えるようになった。

学校へ行くことにした。
幸いにもアンティグアにはたくさんのスペイン語学校があった。そして安いところでは1日4時間の週5日、先生と生徒のマンツーマン、2週間で90ドルと破格の値段だった。他国の言葉を、たかだか2週間足らずでどうこうできるとは思わなかったが、スペイン語自体からきしだった僕はこれにより少しはましになっていった。
久しぶりにフル稼働させる頭は2週間のもの間毎日パンク寸前。とにかく覚えることが多すぎて、4時間の授業はその半分にも感じられた。しかし大変な反面、やりがいもあった。日を追うごとに町の人々とのコミュニケーションが円滑になるのを実感できた。物を買うのにも、道を尋ねるのにも、随分と楽になった。2週間が終わると、旅のあれこれをこなすのになんとか足るだけの言葉が身に付いた。

チキンバスに乗って行こう。

街の風景。

街の風景2。

街の風景3。 

十字架の丘から。

カテドラルと火山。

やがて仲間たちは次の目的地に旅立っていった。どんなに仲良くなっても皆旅の途中なのだ。全員が宿を出て行くのを見送ると、またぽっかり心に穴が開いてしまったような気持ちになった。しかしこのまま陰鬱な世界にずるずると引き込まれ続けることが怖くなり、僕はそれから逃れるように旅支度を始めた。

それまでほったらかしにしていた荷物をまとめる。サイドバッグは転倒時に開いた穴がそのままで、赤土が未だにこびり付いていた。何度か洗おうと思ったが、それを見るたびに苦々しい記憶がよみがえってなかなか手にとることができずにいた。だがもう悠長ことを言ってはいられない。赤土を綺麗に洗い流し、破けてしまった箇所にガムテープを当てる。バイクの洗車をし、オイル交換をし、曲がってしまったシフトペダルを直した。そして1ヶ月ぶりにエンジンを暖めた。久しぶりに触るバイクの感触は懐かしく、今までその存在を遠ざけていたことがまるでうその様に心地よかった。

そのときの日記にはこう書いてある。

***

未だアンティグア。
そろそろ出発、なんて思いながら未だ。
理由は多々あるようで、実はそんなにない。
ようするに、バイクに触れられなかったのだ。

転んだときの記憶は鮮明に覚えている。
無残に流れていく愛車も、アスファルトの冷たさも、傷の痛みも。
小指から流れ出る血はどす黒く、地面に無数の斑点をつけた。

あれから1ヶ月。
体の傷はかなりよくなった。
だけど心の傷はまだだった。

何年も乗り続けている愛車なのに、1ヶ月も放置していた。
手をかけなければと思いつつ、どこかで目をそらしていたような気がする。

昨日、そんな気持ちに克つように、やっと火を入れた。
曲がってしまったシフトペダルを直し、オイル交換をし、洗車をした。
バイクは何の文句も言わず、再び点火されたエンジンを熱くした。
1ヶ月もの間、このときを待ち続けていたのかもしれない。

ヘルメットもかぶらずに、路地裏を走った。
細いシート。幅の広いハンドル。軽いクラッチ。しっかりしたシフトフィール。効かないブレーキ。
そして単発のエンジン。
どれをとってもその感触は体に染み付いているようだった。

 あぁ。これだ。

頬に感じる風は、どこまでも気持ちよかった。

 なんだ。そうだよ。

わずかに残っていた憂いは、どこかへ消え去った。

 簡単なことじゃないか。

***

旅立つための準備が、すべて整った瞬間だった。

雨あがる。

おわり。

2 件のコメント:

  1. ケガして大切なことを思い出したって感じ?だとしたら怪我の巧妙やん!イエイ!

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  2. そうだね。その通りだよ。
    初心不可忘。

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