2010年1月30日土曜日

歩29日目 岩手県八幡平市

天候 晴れ
気温 7時 -3.4度
   15時 1.0度

「私はね、ここで生まれて、ここで大きくなったから」

そう言って彼女は笑ったけど、眼鏡の奥の瞳は笑っていたのかそうでないのか、僕には判然としなかった。
僕がその言葉の本当の重さを理解するには、まだまだ長い年月が必要だった。

4時00分。起床。昨日は寝るのが23時になっていたから、少し寝足りない感じがする。

6時20分。出発。昨日ずぶ濡れになったブーツは未だずぶ濡れ。乾くはずもない。冷たいブーツに足を通すと、身が縮まる思いだった。
3日分の食糧が無くなったから荷物はだいぶ軽くなった。今日は秋田県から岩手県に抜ける山道を歩くので、荷物が軽くなったのは好材料だ。

8時00分。登りが始まった。これか秋田県から岩手県へ、つまりは日本海側から太平洋側へ日本の脊梁山脈を越えるということだ。

9時00分。湯瀬温泉郷到着。駅で休憩。ストーブの前でグローブを乾かす。濡れたグローブは風に当たって体温を奪ってしまう。一晩干しても乾かなかったグローブは、ストーブの前であっという間に乾いてしまった。

10時10分。県境を越え、秋田県鹿角市から岩手県八幡平市に入る。道は山あいを縫うように流れる米代川と並走していて、何度となく高速道路と交差した。

13時30分。ついに貝梨峠のピークに到着。標高430m。ここが中央分水嶺だ。
山から流れる川は必ず海に出るが、ここを境にしてそれを日本海と太平洋に分けている。すでに県境は越えているが、やはりこの分水嶺を越えて初めて、太平洋側に出たと実感できる。

緩やかな下り坂を歩く。山あいの小さな村をいくつか通り過ぎた。少ない平地を耕し畑を作っている。冬は雪に閉ざされ静かだが、ここにも確かに人々の生活がある。

野菜の直売所に入ってみた。おばちゃんがひとりでコタツに入って店番をしていた。商品の中に干された大根があった。以前どこかの民家の軒先でみかけたやつだ。気になって聞いてみると、これは寒干し大根と言うそう。ただ大根を切って干すだけかと思ったが、実はそうではなかった。
皮を剥き、切った大根を一旦茹でてから、さらに川の中に3日間さらし、それから干す。きちんと凍らせなければいけないそうで、寒い冬しか作れないのだそう。かなり手間をかけたものだ。これも雪深い山に暮らす生活の知恵なのだろう。
漬物にしてもそうだ。北国の山に暮らす人々は実にたくさんの漬物を作る。冬の間食べ物が採れないので、長期保存できる漬物が発達したのだ。そして、そのどれもがおいしい。長期保存できるよう、またご飯に合うようかなり塩気があるのが特徴だ。暖かい地方の漬物とはまた違う。
僕も北国育ちだが、海沿いの町だったのでそこまで漬物文化は発達していない。冬には冬の魚が採れるからだ。それでも魚の塩漬けや味噌漬けなどは作る。住む土地によって食の文化は様々だ。

そんな話をおばちゃんとした。おばちゃんは寒い土地だけど、やっぱりここが好きだと言った。
「ずっとここで生活してきたもの。私はね、ここで生まれて、ここで大きくなったから」
僕は、そうですねと答えるだけだった。

今日も頑張って歩かねばならない。朝見た標識には盛岡まで90kmとあった。明日には盛岡に入りたい。

17時00分。遠くに安比高原スキー場が見えた。ナイター照明がきれい。
なんとかスキー場の近くまでは行きたい。暗い道を進む。今日も歩きながら朝日を拝み、夕日が眺めた。

19時00分。スキー場までは行けなかったが、少し手前の雪原にテントを張った。
今日はかなり月が明るい。まるで夜明けの時のようだ。テントの中からは、白とオレンジに光るスキー場が見えた。

今日の歩行距離約47km。

写真1
ここが分水嶺。ここから太平洋側へ。

写真2
寒干し大根。手間隙かけた一品。切って戻して味噌汁などに。

写真3
雪だるま親子。ナナカマドがかわいい。

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