2012年10月10日水曜日

ダリエン・ギャップは優雅に越えろ! vol.4

朝4時に目をさます。まだまだ寝たりないと勝手にまぶたが下りそうになるが、今日はそれどころではない。カルティ港に向けて、南米に向けて、5時には走り出さなければならない。

暗い部屋の中で出発の準備を進める。周りのベッドでは誰も彼もが寝息を立てている。起こさぬよう静かに行動する。といっても昨日のうちにあらかたパッキングを済ませているので、顔を洗い歯を磨き、服を着替える程度のことだ。

せっかくの僕の苦労を無しにしたのは、隣のベットに泊まっているアルゼンチン人だった。僕が起きたとき、そこに彼の姿はなかった。こんな時間にベッドにいないとなると、外で飲んでいるか他で寝ているか。まさかどこかで野垂れ死んではいないだろう。心配などはしていなかったが、4時半ごろになり案の定かなりご機嫌な様子で部屋に戻ってきた。
酒で思考がまともに働いていない。皆寝ているというのに、普段よりも大きな声で話しをする。なだめるのに一苦労だ。

彼とはベッドが隣ということもあり、よく話しをした。僕のつたないスペイン語でもきちんと聞いてくれる数少ない理解者だった。

「ついに出発するのか」
「うん。これでやっと南米だ」

固い握手で別れた。アルゼンチンに来たら遊びに来いよ。なにか困ったことがあれば連絡してくれ。「Your problem is my ploblem.」その言葉がうれしかった。

5時きっちりにホステルを出た。空は明るさを取り戻し始めたところで、まもなく日の出といったところだ。日中の凶暴な暑さが嘘のような涼しさの中、バルボア通りまではすんなりと出ることができた。しかし、そこから当然のように道に迷う。市街地はやはり手ごわかった。郊外へ抜けるだけで精一杯。仕方なく途中から高速道路に乗り、トクメン空港までたどり着く。パンアメリカン・ハイウェイに乗ればエル・ジャノの村まで一本道だ。そこから左に折れれば自動的にカルティに到着する。

朝焼けのパナマ・シティーを後に。

エル・ジャノに入ると道はダートになった。こうなるとこの先の山越えが心配だ。しかしカルティへ向かう道へ折れると、道は舗装されていた。助かった。それはかなりの峠で、1速を使わなければ登ることが出来ない場所も多々あったから、もしこれが悪路だったりしたらかなりしんどいことになっていただろう。

北へと向かう道を何度も上り下りをして山を越える。道はやがて行き止まりになった。海に突き当たったのだ。聞いた話ではそこがカルティとのことだったが、目印となる空港がみあたらない。あたりを見渡すが、好き放題に雑草が生い茂るただの空き地があるだけだった。
どこかで道を間違えてしまったか。分かれ道らしきは見当たらなかったが、見落とした可能性は十分にある。時計を見るとまだ9時半。時間に余裕はあった。

「すみません。カルティに行きたいのですが」
「カルティ?ここだよ」
「ここが?空港があると聞いたのだけど」
「ここが空港さ」

尋ねた地元民が指差したのは、例の雑草まみれの空き地だった。これが空港?まさか。これはただの空き地だ。こんなところに飛行機が離着陸できるはずない。

「昔の話だよ」

男は肩をすくめて笑った。

約束の時間までたっぷり1時間以上あった。もっとも遅れるよりは良い。男にここで待っているといいと案内されるまま、近くにあった小屋で休ませてもらった。ベンチに座る。水をもらって一息つくとと、朝早かったためかとたんに眠くなってしまった。そのままベンチに横になり、タンクバッグを枕にして少し眠る。

カルティ到着。

 小屋で休ませてもらった。

なんの進展もないまま時計の針が11時を少しまわってしまった。海に目をやるもボートは見えず、まして他のバイク乗りも現れない。海辺の小さな村はのんびりとした雰囲気に包まれているが、そんな雰囲気とは裏腹に僕は心配になった。

ひとりの男が僕の名前を口にしたのはそのときだ。背は低いが横に広く、僕よりもずいぶんと体重がありそうだ。日焼けした肌は浅黒く、つたない英語と片言の日本語を話すインディヘナだった。曰くまだ他のバイクが来ていないのでボートは沖で停泊中らしい。どちらにせよ12時過ぎにはボートが来るというので、それまでのんびりと待つことにした。

男はいくつかの日本語を知っていた。なぜ日本語を知っているのか、と尋ねると、少し前までパナマ・シティーのホステルで働いていたんだ、と言った。それは僕が泊まろうとしたがなくなっていたあのホステルで、訪れる日本人から教えてもらったんだと自慢げだった。なるほど、と納得はしたものの、きっと日本人旅行者が面白半分で教えたのだろう、男は卑猥な言葉ほど良く知っていたので、あまり良い気分にはなれなかった。

しばらくすると太い排気音が聞こえ、目の前に3台のバイクが止まった。スズキのV-Storm650。色違いだがいずれも同じマシンだ。乗っていたのはアメリカ人とカナダ人のタンデムカップルに、チェコ人がふたりという組み合わせだった。

つづく。

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