2012年10月11日木曜日

ダリエン・ギャップは優雅に越えろ! vol.5

セイルボートは、ゆっくりと僕らに向かって近づいてくる。海に突き出た桟橋の上で、滑るように近づくボートを見つめていた。

(あの船で南米に渡るのか)

期待が胸いっぱいに広がった。

桟橋の上には4台のバイクが一列に並んでいた。すべての荷物がはずされ、船へ積み込むための準備は万端だった。
いざこうやって並べて見比べると、やはり僕のバイクは貧弱だ。650ccの大型と125ccの原付では、宝塚の舞台と幼稚園のお遊戯ぐらいの差がるように思える。だけど、不思議とうらやましいとは感じなかった。事実もしこの場でバイクを交換しても良いと言われたとしても、僕は間違いなく首を横に振るだろう。

船がすぐ近くまで来ている。キャプテンがゴムボートに乗ってやってきて、すべての荷物と(なぜか)僕だけを乗せて船に向かった。荷物を船に上げたらいよいよバイクの番だ。船が桟橋へ近づき、荷物を積み込むための大きなウィンチでバイクを引き上げる。ロープに固定したバイクは大型でさえあっさりと持ち上がった。重量がその半分もない僕のバイクなど、まるでおもちゃのようだ。もう1台バイクがあると聞いていたが、まだ到着していないらしく、明日積み込むことになった。

 桟橋にバイクを移動し、

船が近づき、

ロープで固定してから、

 こんな感じで積み込んだ。


もちろんイーハトーブも。

一通りの作業が終わると、船は沖にあるひとつの島へと向かった。そこで僕らバイク乗りが降ろされる。ツアーは明日からなので、他の乗客は明日にならないとやってこない。だから今日はこの島で一晩を過ごす。

ここサンブラス諸島にはクナという民族が今でも生活をしている。独特の文化をもち、女性たちはモラと呼ばれる色鮮やかな刺繍が施された民族衣装に身を包み、腕や足にビーズの装飾をあしらい、鼻に金のピアスをする。陸のインディヘナたちとは対照的にほっそりとした体型なのも特徴的だ。島の人たちが口にするのは必然的に海のものが主となるためだろうか。推測だがやはり食事による影響が強いのではないかと思う。

宿を探す。といってもぐるりと歩いて5分もあれば十分な小さな島には宿がひとつしかないようだ。宿、とは言っても竹で作られた壁に茅葺の屋根が乗せられているだけの簡素なもので、床などなく地面そのまま。そこにベッドがふたつとハンモックがふたつあるだけで、入り口に扉もなければ電気もない。しかしどの家も似たり寄ったりなので、クナの人々にとってはこれが生活の標準なのだろう。

クナ族の暮らす島へ。
 
 集まったバイク乗りたちと。

さて、これから明日の出航までやることはない。さらに言えば出航後もたいしてやることはないだろう。僕的には南米大陸への移動という大目的を果たすこの航海だが、実際はツアー扱いなので、ベッドも毎回の食事もすべて用意されている。船の上でごろごろしていれば自動的に南米に到着してしまうというわけだ。パナマ・シティーでの奔走に比べると天と地だが、高い金を払っての参加なのでどうせなら優雅に過ごしてやろうと決めた。

島内をぷらぷらと歩いた。小さな小さな島だ。村の中を歩くと子供たちが僕らの周りにワイワイと集まってくる。とても人懐こい。反面大人たちはとてもシャイだ。土産物を売る女性たちは土産物を手に持ち家屋の戸から半身を出してくるのだが、特に呼び込むこともなく、静かに僕らの行方を見つめている。「オラ」とこちらから挨拶をすると、面映そうな笑顔が返ってくるだけだ。観光用に解放された島(他の島は規制で旅行者が立ち入ることが出来ない)なのだが、未だ人擦れしていないところがとても素敵だ。




モラと呼ばれる刺繍。
独特の色使いだ。

女性たちの衣装がとても美しい。

村の少女たちと。

商店を見つけビールを買う。電信柱らしきは見かけたので島内に電気は来ているようだが、冷えたビールを買うことはできなかった。
島の周りには同じような島々が点々としていて、人々はそこを丸太をくりぬいたボートで行き来する。大きな湾の中にあるため波はほとんどない。よって丸太ボートで事足りるのだろう。暮れなずむ海にぽつりと浮かぶ丸太ボートは今も昔も変わらぬ人々の生活を偲ばせ、その日眺めた夕焼けは、この旅で見たどれよりも美しいと思えた。

丸太ボートに乗せてもらった。
不安定でとても怖い。

丸太ボートは今でも生活の足だ。



キャプテンはじめ船のクルーたちが島へ上がってきた。ツアーが開催される度に島を利用するのだろう。キャプテンは島の人々と顔見知りのようだ。

その夜、宿の前でクナの若者たちが民族舞踊を披露してくれた。夕暮れが過ぎ、とっぷりと暗くなった中で厳かに始まったそれはとても幻想的かつ精神的で、僕は一瞬にしてぐいとその世界に引きずり込まれてしまった。

とてもよかった。男たちはゴマと呼ばれる竹筒を組み合わせたサンポーニャに似た楽器を吹き、女たちはマリンバのようなものを手にもつ。輪になり、跳ね、回り、自在に交錯しながら舞う。それは力強くもあり、しなやかでもあった。独特の音楽は、リズムといい音階といい耳に心地よく、体の芯に響いた。生物と自然を尊ぶクナ族の精神が、じかに体内に流れ込んでくるようだった。

心が揺り動かされたクナ・ダンス。

舞踊を存分に堪能した後は、宿の人が用意してくれたディナーを皆で楽しんだ。ペスカード・フリート(魚のフライ)に米、トマトソースとサラダ。目の前の海からとれた新鮮な魚は実にうまかった。

食事中も舞踊の余韻がいつまでも体から抜けなかった。それほど新鮮で興味深いものだった。幸せのため息とともに見上げた空に、零れんばかりの星が瞬いていた。

つづく。

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