2012年10月3日水曜日

コモノ氏 vol.1

「帰りのチケットはあるか?」

おもむろにそう聞かれた。パナマのイミグレーションでだ。

帰りのチケット?そんなものは持っていなかった。飛行機であるとかバスであるとか、そんな類のチケットなどバイクで移動する僕には必要でない。しかしパナマへ入国する際、帰りのチケット(ビザ期間内に他国へ出国することを証明するもの)の提示を求めれらるという話しは聞いたことがあった。もし持っていないなら、国際バスのチケットをその場で買わされるはめになるとも。

(もしかしたらそのパターンか?)

内心面倒だと思った。今の僕に使いもしない国際バスのチケットを買う必要も、金もない。

「バイクで来たんだ」

小さな窓口の奥に座るオフィサーに向かって、これ見よがしにヘルメットを見せた。こちとらチケットを買う気などさらさらないのである、という意思表示だ。するとどうだろう。彼は「あ、そうなの」といった面持ちでパスポートを受け取ると、いともあっさり入国のスタンプを押してくれた。
ヘルメットを見せるだけでチケットの確認が免除されてしまうのなら、誰もダミーチケットなんて用意はしない。国境での入国審査など、やはり運次第だ。

パナマ側から。

この橋を渡る。
トラックが来るともう一大事。

パナマへの入国手続きがすべて完了し、税関のオフィス内の時計を確認すると、13時半を示していた。おかしい。コスタリカ国境に到着したのは10時過ぎだった。これまでの手続きに3時間もかかっていないはずだ。持っている時計を見ると、まだ12時半を示していた。
時差が発生したのだ。メキシコ・シティーからコスタリカまで、まったく時差を気にせずに走ってきたが、まさか中米最後の国境で時差があるとは思いもしなかった。

今日はカリブ海側から一気に太平洋側まで走り、ダビという町まで走ろうと考えていた。しかし、1時間の時差は痛かった。おまけにチャンギノーラの町を過ぎてこれから本格的な峠というところで、ひどいスコールにあってしまった。
1時間ほど激しい雷雨が続いた。うまく教会を見つけ、バイクともども避難できたのは幸いだったが、これではもうダビまで走ることは諦めざるを得なかった。

(まぁ急ぐ旅でもあるまい)

教会のベンチに座りながら、軒先から滝のように流れ落ちる雨にそう考えることにした。車でさえ徐行しなければならないようなスコールだ。とてもバイクでは走ることができない。

そんな教会にぽつりぽつりと人が集まりだしたのは、雷鳴が遠くなった頃だった。雨脚が弱まり、じきに雨も上がるだろう、そんな頃だった。ミサのために集まってきたようだ。

教会にあわられた少女たちはベールを被り、教会正面に掲げられた十字架に向かいひざまずくと、静かに手を組み、各々に賛美歌を歌いはじめた。一瞬にして教会内はおごそかな雰囲気に包まれた。異国の言葉で歌われる賛美歌はたっぷりと情緒を含んでいて、少女たちが高らかに歌い上げるそれに僕はすっかり聞き惚れてしまった。

そんな彼女たちと話をした。他愛もない会話だったが、それは楽しいものだった。日本語を聞いてみたいという要望にこたえ、持っていた本を朗読したりもした。初めて耳にするだろう日本語に、きょとんとした表情をしていた彼女たちがとてもかわいらしく見えた。さらにお返しにと聖書をスペイン語で朗読してくれたのはうれしかった。

聖書を朗読してくれた。

その頃にはすっかり雨も上がっていて、僕はこれからミサが始まる教会を後にし、チャンギノーラの町まで戻ってホテルを探すことにした。

つづく。

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