2010年4月11日日曜日

歩98日目 鹿児島県佐多岬

天候 晴れ
気温 7時 10.3度

これだ。
これがこの旅のゴールだ。

全身に心地よい緊張が走った。僕は、迷わずそこへ歩いた。

5時40分。起床。港の朝は早い。テントから出ると、小さな漁船がすでに沖へと向かっていた。僕も出発準備に取り掛かる。
夜中の風はやんでいて、白み始めた空には雲が浮かんでいた。雨雲ではない。これなら今日はいい1日になりそうだ。やはり雨よりも晴れた方が良い。それは長い旅が終わる日というならならなおのことだ。

7時00分。靴の紐を結んで準備運動。最近の膝は悪くない。疲れは溜まっているが、歩けないほどの痛みはない。今日でこの旅は決着がつく。心配していたがなんとか膝は持ってくれたようだ。よし。行こう。気合いを入れ、いつもの様にバックパックを背負うと、岬へと向かう県道を歩き始めた。

山裾から太陽が顔を出し、田んぼからは蛙の大合唱が聞こえる。朝の清々しい空気の中を歩く。しばらくすると民家は消え、うっそうとした山の中に入っていった。海に向かって大きく突き出した半島は、想像以上に山々しい。深い緑の尾根をいくつも越えて行かなければならない。越えては現れるアップダウンを繰り返し、その度苦しさに喘いだ。

疲れて足か前に出なくなると、峠の途中で道端に座り込んで休憩した。吹き出す汗を拭いながら、周りの山々を眺める。とにかく木々の密度が濃い。北の山とはまるで植生が違っている。うっそうとしていて、緑が濃く、恐い。太陽の恵みをいっぱいに浴びる山々を眺めながら、コーヒーを飲んだ。
この旅で僕は一体どれだけのコーヒーを飲んだのだろう。わからない。そして氷点下の中で飲む温かいコーヒーに、一体何度救われたことか。思えばいつだってお湯を絶やすことはなかった。

休憩中の僕の前を、バイクが数台通り過ぎた。それは排気音だけを残して一瞬で見えなくなってしまった。きっと岬へ向かっているのだろう。コーヒーを飲み干して、僕もそれを追うように歩き始めた。

9時40分。佐多岬ロードパークに入った。昔は有料だったが、今は無料になっている。取り壊されずに残っている無人の料金所をすり抜ける。残りは約8km。足下にはシダが生い茂り、木々からの気根が風になびき、椰子が天に向かって伸びている。道は、さらに山の中へと入っていく。僕は、さらに息を切らした。

10時40分。岬まであと3kmという所で2台のバイクに追い越された。そのうちの1台、後ろを走っていたバイクに見覚えがあった。もしかして。そう思った。そしてその予感は後に的中する事となる。

11時15分。白亜の灯台が目に映った。あれは岬の少し先にある島に立つ灯台。ゴールは近い。バックパックを一度背中で揺すり上げると、大きく息を吐き足を速めた。

ロードパークの終点は公園になっている。駐車場があり、その先にトンネルがある。料金所で300円を支払うとトンネルを抜けることが出来、その先が本土最南端佐多岬というわけだ。

駐車場に着いた僕は、汗に濡れながらも笑顔だった。公園入り口まで来たという喜びもあるが、それだけではない。さっきの予感が的中したからだ。
そこには友人がふたり立っていて、僕を笑顔で迎えてくれたのだ。
「ついに来たね」
2年ぶりに会う友人が言う。久しぶりという感じがしない。
「ついに来ましたよ」
僕は言う。
「さぁ行こうか」
もうひとりの友人が言う。箱根を越えた三島まで、巨大なおにぎりを届けてくれたひとりだった。
僕は突然の出来事に何を言えば良いのかうまい言葉が見つからず、促されるままにトンネルへと向かった。薄暗いトンネルを3人並んで歩く。それはリーチング佐多岬の15、16人目だった。

僕がこの旅を計画した時、スタートもゴールもひとりでひっそり迎えるものだと思い込んでいた。雪の宗谷岬も深い森の佐多岬も。何度思い描いても、そこを歩く僕はいつもひとりだった。

ところが現実は違っていた。宗谷岬も佐多岬も、僕はひとりではなかった。初日も最終日も、一緒に歩いてくれる人がいた。僕はなんて幸せ者なのだろう。やはりうまい言葉が見つからない僕は、ただ終着点へと向かって歩いた。

蘇鉄が生い茂る神社を抜け、高台へと向かう細い遊歩道を木々の枝をかき分けて進むと、突然視界が拓けた。目に映ったものは広大な海と、ひっそりとたたずむ小さな木製の立て札だった。そこには確かに佐多岬と記されてした。

これだ。
これがこの旅のゴールだ。

遥か最北の宗谷岬から、この小さな立て札を目指して歩いてきた。毎日毎日、小さな一歩を積み重ねてきた。それが今、僕の目の前にある。

僕は迷わずにその小さな立て札へと歩いた。そっと手で触れる。どんな時もそこにある立て札はなめらかな感触がして、それはまるで僕の訪れを静かに待ってくれているようだった。そしてその瞬間、この旅は終わった。
宗谷岬に立つ大きな碑を降りた時に始まったこの旅は、佐多岬に立つ小さな立て札に触れた時に終わったのだ。

98日間の旅だった。3200kmの旅だった。晴れの日もあった。雨の日もあった。雪の日もあった。寒さに震え、暑さに汗した。幾つもの峠を越え、果てしなく続く海沿いの道を歩いた。太陽が昇ると歩きだし、月が現れたら寝袋に包まった。何人もの人と出会い励まされ共に歩き、同じ数の別れを味わった。そして数えられないほどの一歩を繰り返した。
それも今、終わった。僕の目の前にあるのは、いっぱいに広がる海だけだった。そこにもう道は続いていなかった。
旅での出来事は一瞬で思い出となり、それはまるで泡沫の夢のようだった。

もう僕の前に歩むべき道はない。あるのは海と空の間に見える水平線だけだ。目をつむり、深呼吸をひとつした。

帰ろう。

振り向くと、そこには優しい笑みを浮かべた友人が立っていた。

今日の歩行距離約21km。

写真1
岬へと続く道は深い山の中を行く。

写真2
旅が終わった。リーチング佐多岬の15&16人目。

写真3
もう道はない。帰ろう。

6 件のコメント:

  1. おめでとう!!!
    東京に来る際には連絡ください!!

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  2. 到達おめでとうございます

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  3. はじめまして。
    現在バイクで日本一周しているものです。

    旅をしながら、貴殿のブログを、できる限り読んでおりました。テントの中で、雨風に耐えながら、貴殿のブログを見て励みになり、またがんばって走ろうと勇気付けられました。
    ありがとうございます。
    旅の楽しみを一番よく知ってらっしゃる貴殿はとてもすばらしい方だと思います。これからもぜひ、いろんな旅をしてください。

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  4. 848さん

    ありがとう!
    また飲もうねー

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  5. kitaQさん

    ありがとうございます。
    なんとか無事に到着できました!

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  6. mak110さん

    はじめまして。
    バイク旅は順調でしょうか?
    バイクでも徒歩でも、旅の楽しさ辛さ根本的な部分は同じですね。
    お互い旅を楽しみましょう!

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