当初サンタ・マリアにもタフムルコにも、ひとりで登ってしまおうと企んでいた。しかしなかなかそれは実行できずにいた。それを躊躇させるだけの理由があった。
グアテマラでの登山は危険だった。それは登山道が険しいとか、雪山だとか、特別な装備や技術が必要だとかいった類ではなく、山賊に襲われる危険性があるからだった。登山とはまったく違う次元の危険性のために、僕は山に登れずにいた。
事実昨年のタフムルコでは登山者が襲われたらしく、それ以降はしばらくツアー会社さえタフムルコ登山のツアーを自粛していたらしい。そういう話を聞いてしまうとさすがにひとりで行くのが躊躇われた。
現在どの山もツアーに参加すれば登ることができた。しかし宿代10日分もの料金を払ってまで登りたいとは思えなかった。もしツアーでしか登ることが出来ないのなら登らなくてもいいかとさえ思っていたが、タカさんの話では、週末の登山客が多い時に複数人で登るなら問題ないだろうということだった。だから僕は一緒に登ってくれる人が現れるのを待った。それは、案外簡単に見つかった。
サンタ・マリアには3人で登った。
僕以外のふたりはどちらも女の子だった。ひとりは日本人の女の子でアヤコちゃんといった。もうひとりは金髪碧眼のロシア人で、皆からはマリアと呼ばれていた。聖マリア山にマリアと一緒に登るのだからなんとも可笑しかったが、そのマリアのおかげで僕らが無事にサンタ・マリアに登ることができたのは事実だった。
サンタ・マリアは美しい山だ。綺麗な円錐形をしていて、その優美な姿はシェラの町の至る所から臨むことが出来る。その容姿から日本の開聞岳を思い出させたが、標高はそれよりもずっと高く(3772m)、富士山と変わらなかった。それでも登山口からは4時間程度で登頂することができるのは、シェラの町自体2300mの標高にあるからだった。すでに富士五合目に居るようなものだ。
日曜の早朝、まだ他の者が起き出さぬうちに出発した。宿を出るとひんやりとした朝の空気がすがすがしかった。空に雲はなく、天候の心配はまったく必要ないのがうれしい。
しかしいきなり問題が生じてしまった。日曜の早朝は普段走っているはずのバスが走っていなかったのだ。山麓の村まで行くバスがないのでは、シェラの町から出ることさえ出来なかった。山登り以前の問題だ。
(タクシーで行くしかないのかな)
こんな早朝に流しのタクシーを捕まえることが困難であるとは分かりながらも、バスを待つ場所から山麓の村に向かってのびる道まで歩いて移動した。目の前に朝焼けに染まったサンタ・マリアが広がったが、その麓まで歩いたらたっぷり3時間はかかりそうだった。
「ヒッチハイクをしよう」
言い出したのはマリアだった。いい考えだった。バスもタクシーも駄目となれば、いよいよヒッチハイク以外有効な手段は見当たらない。山に向かって歩きながら、背後から来る車に手当たり次第手を挙げた。マリアが一台のピックアップ・トラックを捕まえるまで、それほど時間はかからなかった。
マリアと聖マリア山。
麓の村から。
麓の村に到着すると登山口はすぐに見つかった。誰が先頭というわけでもなく、3人でのんびりと登り始めた。初めはなだらかだった道も、次第にその勾配をきつくしていった。
円錐形の山は、ひたすら登る。尾根とか沢といえるものがないのだから、道は蛇行しながらも常に標高を稼ぐことを止めない。急な登りは胸を突いた。標高はほぼ富士山とかわらないのに、少し息苦しいと感じる程度で済んだのは、2300mの町に長く滞在していたためだろう。体が高所に慣れているのだ。
グアテマラでも娯楽として山に登るのは当たり前らしかった。道中何組かのグループに出会った。年齢は幅広く、若い男女も軽快な足取りで登っていた。中には毛布や鍋をぶら下げて降りてくる人もいたから、山頂あたりで一晩過ごしただろうことが分かった。
登場直下まで生い茂る松に森林限界を見ることもなく、雲の上に出るとやがて頂に行き当たった。絶頂は岩の連続するなだらかな台地で、ところどころ野営できるだけの平地を見つけられた。雲が出たため期待したほどの眺めは得られなかったが、その切れ間から見下ろす景色は素晴らしかった。
肌寒い気温だったが、照りつける太陽は強く、日差しの中にいるとぽかぽかと暖かかった。適当な場所に腰を下ろし、持ってきた弁当を広げた。おにぎりに玉子焼き、デザートにオレンジにマンゴーという内容だった。アヤコちゃんが日本から持ってきた梅干を入れたおにぎりは泣ける味だった。
地元の人もけっこういる。
見上げるサンタ・マリア。
松の巨木の中を歩く。
山頂ランチ。
1時間ほど山頂に滞在し、山を降りた。くだりはあっという間だった。ひたすら登る道だったので、登りは時間がかかったがその距離は短い。一度休憩しただけで、2時間ほどで登山口に戻ってきてしまった。
見つけたバスに行き先を聞いてまわったが、どれもシェラの町に行くものではなかった。結局帰りもヒッチハイクをしなければならなかったが、またしても簡単に捕まえることが出来た。風に吹かれるピックアップ・トラックの荷台で
「運がよかったね」
と言うと
「Good day」
マリアが言った。その一言が今日のすべてを物語っているように思えた。
Good day.
つづく。
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