2012年7月29日日曜日

そしてまた旅は動き出す vol.2

パナハッチェルからアンティグアまで、一気に走った。おかげで昼前には到着してしまった。アンティグアのペンション田代といえば前回怪我の養生のため1ヶ月お世話になった宿だ。オーナーの田代さんは僕のことを覚えていてくれてうれしかったが、今回はゆっくりしている暇はなかった。なにせビザの期限が迫っている。特に観光することもなく、バイクの整備だけをしてあっさりとアンティグアを後にした。

アンティグアからであれば、エルサルバドル国境まで十分に走ることができた。どこか国境手前の町で一泊すれば、翌日午前中にはエルサルバドルへ入ることができる。首都のサンサルバドルまで走ることもできるだろう。ついにグアテマラを脱出することができる。

アンティグアから首都グアテマラ・シティーは近い。渋滞がひどく道も分かりにくいので大きな都市は避けたいところだが、パンアメリカン・ハイウェイに乗るため一路グアテマラ・シティーへと向かった。
そこは予想をはるかに越える都会だった。道路は立体交差で、あらゆる車がそこを埋め尽くし、空を覆うビルが立ち並んでいた。シェラはグアテマラ第二の都市と言われているが、グアテマラ・シティーとはそもそもの次元が違っていた。グアテマラでも一都集中が進んでいるようだ。

案の定、道を見失ってしまった。とにかく道路標識が難解なうえ在るべきところにないので、あっという間に自分の居場所を見失ってしまう。こんなところは一刻でも早く抜け出したいと躍起になるが、冷静さを欠くほど深みにはまってしまうものだ。曲がり角ひとつ曲がり損ねただけであらぬ方向に進んでしまい、路頭に迷う。その度にバイクを停め、何人もの人に行く先を尋ねなけらばならなかった。
なんとかお目当ての道に出たら、あとはひたすら東へと走るだけだった。道は都会の喧騒から逃れるように山へと入っていった。振り返ればスモッグに煙る首都が見下ろせた。

霞む首都。

山深い峠道を進む。少し標高を下げたあたりで雨がぱらついた。空にはまるで生き物のような巨大で圧倒的な雲が浮かんでいる。それはいかにも雨季らしい光景だった。クイラパ、オラトリオと小さな町を抜け、国境から約20km手前のハルパタグアという町に宿を取った。国境の町まで走ろうと思っていたものの、値段調査の為に入ったひとつめの宿で40Q(約400円)という数字を出され、あっさり承諾してしまったのだ。バイクを敷地内に入れられるというのも決め手だった。

安いだけあってお世辞にもきれいとは言えない宿だった。すすけた部屋にはしょぼくれたベッドがひとつ置いてあるだけだ。机さえなかったがが、一晩寝られればどこでも良かった。
それにしても暑い。標高を下げたせいだろうが気温は30度を超えていて、高地の涼しい気候に慣れきった体からは黙っていても汗が噴きだした。なにせ持っていたチョコレートがポケットの中で溶ける気温だ。ベッドには毛布どころかシーツさえ用意されていなかった。
荷物を入れ、さっそくシャワーをと思ったら、そこにはプラスチックの大きな水がめと、小さな桶があるだけだった。要はこの水がめから桶で水をすくい、行水をしろというわけだ。それがここのシャワーだった。

ハルパタグアの町を散歩した。パルケをかすめ、小ぢんまりとしたメルカドを抜け国道へ出たら、そのまま町外れまで歩いた。といってもものの5分も歩けば町は終わってしまう。どこにでもあるような小さな町だった。観光客などいるはずもなく、そこには人々の生活だけがあった。
晩飯用に屋台でタコスを買った。牛肉とタマネギのタコスだった。シラントロ(コリアンダー、パクチー)の効いたサルサをたっぷりかけ、持ち帰りにしてもらった。この先中米を進むと主食がトルティーヤから米に代わっていく。タコスも食べられなくなるだろう。僕はタコスがことのほか好きなので、それは非常に残念なことだ。

今日の宿。

国境近くの小さな町ハルパタグア。

バイクで走っている時に気が付いたのだが、この辺りでウイピルを着ている女性は少ない。まったく居ないわけではないが、ほぼ見かけることはない。きっとマヤ文化圏から離れつつあるのだろう。町行く人もマヤの血を濃く引き継いでいるという感じではない。町をのんびり歩いていると、その変化を肌で感じることが出来た。メキシコのユカタン半島から続いたマヤ文化圏からもいよいよお別れというわけだ。

(また旅が動き出したな)

ささやかな変化かもしれなかったが、地続きで移動しているからこそ分かる事だ。それは小さいながらも僕にとっては刺激的かつ心浮き立つ出来事であった。

おわり。

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