2010年2月22日月曜日

歩52日目 静岡県沼津市

天候 晴れ
気温 6時 -3.4度
   17時 13.5度

届かない。
適うはずない。

そんな事、初めから分かっていた。そうさ。初めから分かっていたんだよ。

でも、心の片隅でいつもそれを気に留めていた。それは、僕にとって遥かな目標であり、次の一歩への原動力でもあったからだ。

ついにこの日を迎えた。旅の52日目。今日は僕にとってひとつの大きな節目の日だ。今日僕がたどり着く場所。それが今の僕にとってひとつの答えとなる。

3時00分。起床。早い目覚め。睡眠は十分。寝袋の中でいつものようにブログ更新。

それにしても週末の深夜の箱根はサーキットだ。何台もの車が、図太い排気音と甲高いスキール音を鳴らしながら峠をものすごい勢いで走り回っている。寝袋の中で携帯電話を打ちながらそれを聞いている。が、実は3時に目が覚めるまでそのことに全く気付かない僕というのもどうかと思うのだけど。

6時30分。出発。久しぶりにテントのフライシートのみならず、インナーにまで露がびっしりだった。ポールまでも凍っていて、つなぎ目を手で握って温めないと抜けなかった。さすが箱根。マイナスの朝になるとは思っていなかった。

芦ノ湖までまだ少し登りが残っている。空は完全に朝なのだが、高い山に遮られ太陽は顔を出さない。標高を上げると気温は下がる一方で、ついにはマイナス4度を下回わった。周りを囲む木々も一夜にして霜で真っ白に染まっていた。

7時20分。芦ノ湖到着。湖面を霧が覆い、幻想的な雰囲気。湖畔に座り、温かいコーヒーで休憩。

8時00分。杉並木を抜け箱根関所に到着。江戸口御門から入り、京口御門から抜ける。江戸から京へ。僕は、一歩づつ歩いていく。

8時30分。きつい石畳の旧東海道。藪を漕いで抜けた先に道の駅。車やバイクで何度か訪れた事はあるが、まさか歩いて来るとは思わなかった。と思ったら反対方向に進んでいて、またしてもきつい石畳に戻ってしまった。愕然。2度の藪漕ぎで無駄な体力と1時間の消費。地図はよく確認するべきであると猛省。

9時30分。箱根山頂に到着。846m。長く辛い登りが終わった。ここから静岡県。ついに関東を脱出し、東海へ突入した。

当たり前だけど、今度は延々下り坂。実は登りよりも下りの方がやっかいで、足腰にかかる負担は相当なものだ。特に重い荷物を背負っているといきなり膝をやってしまう時があるので、歩幅を小さくして慎重に下る。それでも雰囲気の良い石畳の旧道をゆっくり楽しみながら下れるのが良かった。

12時50分。三島到着。三島大社で箱根越え祝いのアイスを食べる。バニラアイスに濃いめのコーヒーをかけるのが好きだ。それにしても冬の旅中でアイスを食べるとは思わなかった。

突然携帯電話にメールが入る。
「今どこにいるの?」
短いメールの差出人は、ギブスで歩いた彼女からだった。三島大社にいるよと返信し、もしかしてここに来るんじゃないだろうか?いやまさかそんなことは、などとアイスを食べながら考える。

するとどうだろう。ひょっこり目の前に彼女が現れたではないか!本当かよ。なんて思っていたら、実は流山の友人に、歓迎会を開いてくれたメンバーのひとりまで居て、3人で応援に駆け付けてくれたのだった。
いくら日曜で仕事が休だからって、千葉から来るには遠いはず。まったくなんて馬鹿な人達なんだろう。嬉しくて涙が出る。

さらに驚いたのは、差し入れにくれたおにぎりで、僕はその大きさに目を疑った。顔ほどもあるのだ。ずしりと重いそれはひとつ米3合あり、それがふたつもあった。合わせて6合!あり得ない。ひとつには
「ガンバレナカチャン」
のメッセージが海苔で書かれていた。僕は重いおにぎりと共にしっかりそれを受け取った。
おかずの焼き肉と一緒にバックパックに詰めると、劇的に重さが増した。だけど全然苦にならない。嬉しい重さだった。

4人で三島大社を参拝。僕は旅の安全を。皆は何をお願いしただろう。
荷物を背負い、握手をして、神社の前で別れた。僕は何度も振り返り、手を振った。3人はいつまでも見送ってくれていた。
荷物は重くなったのに、足取りは軽かった。元気をたくさんもらった。そして僕は歩きながらさっきまでの出来事を思い出し、にやにやと口元がゆるみっぱなしだった。

15時30分。沼津到着。沼津城跡で休憩。まだまだ進める。今日は原か吉原あたりまで行きたい。

夕暮れの一本道は西へまっすぐのびていて、僕はいつも右を見ながら歩いていた。なぜならそこに富士山があるからだ。しかし富士山は厚い雲の中に身を隠し、ついぞ現れてはくれなかった。

18時30分。踏み切りを越え、東海道本線を左から右に置き換えたら、街道脇にある神社に寝床を決めた。トーチを点けず、目立たぬ場所にひっそりとテントを張る。ここで一晩静かに過ごさせてもらう。明け方には痕跡を残さず立ち去るのが旅の流儀だ。

その晩、テントの中で僕は自分の辿ってきた道を振り返った。北海道から静岡まで。決して楽な日はなかった。自分なりに頑張ってここまで歩いてきた。それが僕の実力だった。

冒険家・植村直己さんは生前、僕と同じように徒歩による日本縦断をしている。その時彼は52日で北海道から鹿児島まで歩き切っている。たった52日!それは驚異的な短さだ。
52日目の今日。僕はまだ静岡にいる。もちろん季節や背負っている荷物は違うだろう。だけどそれが彼と僕との差で、それが現実だった。

彼の超人的な体力と精神力は、僕にとって遥かな目標だ。例え叶わぬ目標としても、それに挑戦は出来る。僕はそのことが嬉しかったし、次の一歩への原動力となるのだった。
顔ほどのおにぎりを食べながら、僕は故人の偉大さを一緒に噛み締めた。

今日の歩行距離約35km。

# せっかく東海道53次なんて魅力的な街道を通っているので、通過した宿場町を記録して行きたいと思います。

今日の通過宿場町

箱根宿
三島宿
沼津宿
原宿

以下は昨日までの。

17日の通過宿場町

品川宿
川崎宿

18日の通過宿場町

神奈川宿
保土ヶ谷宿

19日の通過宿場町

戸塚宿
藤沢宿
平塚宿
大磯宿

20日の通過宿場町

小田原宿

残り宿場町数40

写真1
朝もやの芦ノ湖。逆さ富士は残念。

写真2
石畳の旧道で出会った団体。のんびり楽しそう。

写真3
今日のあり得ない。その温かい心とでかいおにぎりに涙するのだった。

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