2010年3月10日水曜日

歩68日目 京都府船井郡京丹波

天候 雨のち雪
気温 7時 2.1度
   16時 0.2度

「なんか修行みたいですわ」

和歌山訛りで友人は言った。目を覚ました時から降り続けている、雨とも雪とも言えない様な冷たいそれは、僕らを容赦なく濡らしては凍えさせた。
寒かった。道路脇に設置してある温度計は、無表情に0を表示していた。まさかこんなに冷え込むとは。
「おいおい、もう3月だぜ?」
独り言のように呟いた僕の言葉は、誰の耳にも届かずに雪と共に足元へ落ちて白く積もった。

指先がかじかみ、靴の中をも濡らし、鼻水をすすりあげながら峠を越える僕らには、彼の言う通り修行という言葉が似合っていたかも知れない。

5時20分。起床。アスファルトを叩く雨音で目を覚ました。その瞬間、すべての施設が閉まるのを待ってまで軒先にテントを張った夕べの自分達に、心から拍手を贈りたい気分だった。朝の撤収作業時に、雨に打たれながらとそうでないのとではその効率に雲泥の差があるからだ。まして何一つ濡れていないというのが良い。歩き出せば自分とバックパックは濡れてしまうが、しっかりパッキングしておけば荷物は濡らさずに済む。それは、精神的に大変良い事だった。

7時00分。雨の中へ飛び込むように出発した。冷たい雨が行く手を阻む。それはまるで僕らを試すよう。気温は2度。吐く息は、白い塊となって目の前に漂った。負けてたまるか。僕らは休まず両足を前に出し続けた。

9時00分。ついに気温は0度まで下がり、雨は、雪に変わっていった。気持ちをピンと張り詰めていなければ、つい弱気になってしまう。周りを囲む山々が白く雪化粧をし、その美しさを目にした時だけ、寒さを忘れられた。

南丹市のバーガーショップで昼食。暖かい店内に入ると、やっと生きた心地がした。たっぷり1時間半の休憩。カッパも乾く。しかし、窓の外の雪は一向にやむ気配を見せない。またしても僕らは覚悟を決め、冷たい世界へと飛び込むように出発しなければならなかった。

15時00分。観音峠を迎えると、雪は一層深くなった。靴は、とっくに棄てた。乾くどころか、雪に足を突っ込むたびにそれは重さを増していくようだった。帽子のつばを伝って落ちる雫を視界の脇に捉えながら、白く霞む前だけを見据えて峠を進んだ。

15時40分。峠を越えて小さな集落に到着したが、濡れ鼠の僕らを満足に休ませてくれるだけの場所などあるはずもなく、やっと見つけた軒下で立ったまま体を休めた。それでも重い荷物を下ろし、雪がしのげるだけで十分だった。すっかりぬるくなってしまった魔法瓶のお湯だったけど、コーヒーを作り、回し飲むと、どちらからともなくほっとため息が漏れた。

「こんな日に無理はしないことだ」
三条大橋に立つ僕がそう言った。
「そうだな、そうするよ」雪に濡れた僕が答える。
あの日感じた気持ちに素直になるべきだった。こんな日は、頑張らない。こんな日は、この先にある道の駅までとするのが賢明な判断と言えるだろう。

16時10分。京丹波町の道の道に到着した。かじかむ指先を口元で温めながら、暖かそうな灯りを目にした時、あぁ良かったと、素直にそう思えた。今日の工程は、それほどだった。

そしてそれほどの工程を、修行みたいだと笑い飛ばせる友人のタフさに、感謝した。普通なら(どの程度が普通と言えるのか、今の僕には分からないけれど)雪の降る0度の峠を歩いて越えるなんて無理だと思う。たとえ歩けたとしても、文句のひとつも口を突くだろう。しかし彼はそれを表に出さなかった。タフだった。
僕はそのことがすごく嬉しかったし、そんな彼と一緒に歩けるのが楽しかった。道の駅の休憩所で体を温めながら、隣に座る友人を頼もしく感じた。

今日の歩行距離約25km。

写真1
雪の峠越え。いつかの日を思い出す。

写真2
雪化粧の里山。音のない世界だ。

写真3
今日のあり得ない。0の電光掲示板に友人も縮み上がるのだった。

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