2010年3月12日金曜日

歩70日目 京都府?郡与謝野町

天候 雪のち晴れ
気温 6時 0.9度
   18時 1.4度

「今までもこれからも、これ以上はありません。人生最初で最後ですわ」

友人は冗談ぽく言った。だけどその言葉を聞いて、僕は曖昧な笑いしか返せなかった。なぜなら、きっとそれは冗談ではないからだ。
長い長い坂道を下るふたりの足音は、闇に吸い込まれるように消えていった。

4時30分。起床。いつもと変わらぬ目覚め。寒さ以外は特にこれと言った事はない。友人と顔を見合わせ、頷き、お互いの無事を確認する。少し考え過ぎかも知れないが、やはり墓地に泊まった朝はどこかよそよそしかった。

周りを見渡せば、昨日に引き続き一面の銀世界。気温は2度。寒いはずだ。冬用の寝袋ではない友人は、可哀想に凍えながら寝ていたという。

6時45分。出発。起きた時点では降っていなかった雪が、僕らの出発を待っていたかのように降り始める。なぜだ。また今日も修行のような1日なのか。由良川沿いの土手を歩きながら、空から落ちる綿のような雪を手に取ってみた。それは、自身の冷たさを僕の手のひらに伝え終えると、安らかに溶けて消えた。儚いものだ。

7時30分。ふいに太陽が顔を出した。西へ向かっていた僕らの背後から、明るさが増してきた。朝日だった。朝日を見るなんていつぶりだろう。その眩しさに足を止める。見上げた先は青空で、それはやっと修行が終わったのだと告げているようだった。

9時00分。福知山市に入った。土手の道から府道8号に移っていた僕らは、最初に見つけたコンビニで休憩をした。その頃には空に占める青の割合が増え、気温は低いものの3日ぶりにカッパの下を脱ぐ事が出来た。
そんな僕らの目の前に現われたのは、ひとりのチャリダー(自転車で旅をしている旅人をこう呼ぶ)だった。若い男の子だ。マウンテンバイクの前後に振り分けバッグを付けた、完全な長旅仕様だった。聞くと名古屋からで、四国を目指しているのだという。昨日までの雪で靴が濡れ、冷たくて大変だとも言った。僕らもその言葉に激しく賛同し、笑った。しばらく話をし、良い旅をと彼を見送ると、もしかしてこの旅始まって以来初めて会った旅人だったのではないかと気付いた。南に来たからか、暖かくなったからか、またはその両方か。九州まで下ったら、きっと何人かとの出会いがあるかもな。そう思うとなんだか楽しみだった。

11時30分。ついにカッパを脱ぐ。太陽が空高くに移動し、ぐんぐん気温が上がってきたからだ。カッパを脱ぐのは実に3日ぶりの事だった。雨も雪も、いつかは晴れるもの。
「きっと昨日までの2日間は夢だったんだよ」
そんな冗談さえ言えるほどの気温になっていた。

13時00分。国道9号から国道175号、さらに国道176号へと矢継ぎ早に繋いでいく。道端の適当な場所に座り込んで昼食にした。晴れていると休憩場所を選ばなくていい。雨や雪だとこうはいかない。腹を満たし、ごろりと寝転がると、目の前には白い雲がふわふわと漂っていた。浴びる日差しは暖かく、それは春そのものだった。

国道176号は、まさに峠道だった。それは地図を読んだ時に分かっていたことなのだけど、いざ山に入ると気温はどんどん下がり、登り坂に息を切らした。これから目的地まで20kmは山を歩かなければならない。今からでは日が沈んでも歩く事になるだろう。過酷な道のりだ。

17時00分。商店で夕食の買い物をした。食糧も調達したし、あとはひたすら歩くのみなのだが、予想外に残っている雪にペースが上がらない。ましてやアップダウンの続く峠道。足への負担が著しい。これにはさすがの友人も根をあげた。
無理もない。もう30kmを歩いている。そしてこれからさらに10kmは歩かなければならないのだ。

日は暮れ始め、さらに気温は下がっていく。重い荷物がないなら。峠道でないなら。雪道でないなら。日が暮れていないなら。暖かいならまだしも、様々な悪条件が揃い過ぎていた。
足の裏が痛い。膝が痛い。友人は痛みに耐えていた。それは一緒に歩いている僕には痛いほど分かった。しかし、僕は無力だった。頑張れの言葉をかけてあげる以外、何も出来なかった。身を削りながら小さな一歩を重ねている彼の姿は、見ていて痛々しくあり、でも強く心打たれるものがあった。

トンネルを抜け、果てしなく続くかのような下り坂を車のヘッドライトに照らされながら進む。遠くには目指す町の夜景が、見上げた空にはたくさんの星が、僕らに元気をくれた。

20時00分。足を引きずるようにしながら目的の道の駅に到着した。もう満身創痍だった。雪に降られ、日差しに汗し、何度も坂を登り、同じだけの坂を下り、いくつかのトンネルを抜け、歩いた距離は42kmになっていた。
「こんなに歩いたんは人生初ですわ」
重い荷物を下ろした時、長い1日がやっと終わった。

今日の歩行距離約42km。

写真1
一面銀世界。今日も修行か。

写真2
やっと朝日。待たせ過ぎ。

写真3
春の陽気。場所を選ばない。

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