2010年3月11日木曜日

歩69日目 京都府綾部市

天候 雪のち雨ときどき雲
気温 7時 1.8度
   17時 4.5度

「あれなんすかね?」

友人の指差す方向を見て、僕は目を疑った。
あれってもしかして…。

僕らに残されたカードはもう無いも同然だった。迷っている暇もなかった。背に腹は変えられない。その言葉の意味が身に染みて感じ取れた。

僕らはそのカードを自らの意志で引いた。その瞬間、一線を越えた。

4時30分。起床。雪は、かろうじてやんでいた。しかし見渡す限りの銀世界が、真夜中の雪を物語っていた。とても3月とは思えない朝だった。

朝のコーヒーで目を覚ます。久しぶりにコーヒーの温もりが嬉しい。寒い朝は、熱いコーヒーが本当にありがたい。

6時50分。出発。雪は降っていない。今日1日このままもってくれれば。そんな淡い期待を胸に抱くが、それは到底無理なお願いだという事を、僕も友人もわかっていた。空が、はっきりとそう言っていたからだ。
歩きだしてすぐに国道9号から27号に乗り換える。綾部市まで国道27号で行き、そこから県道を繋ぎ福知山市に入ろうということになった。9号でも27号でも、距離にそれほど大差がなかったのだ。ならば交通量の少ない方がいい。降りだした雪に負けないようしっかりとフードをかぶり、綾部を目指した。

9時20分。バス停で休憩する。雪は小雨に変わっていた。見上げる空が、少しだけ明るくなってきた。淡い期待を再び胸に抱く。が、そんな僕らの思いなどまるで吹き飛ばすように、一度やんだかに見えた雨はその脚を再び強めていった。

11時30分。和知の道の駅で雨宿り。昼食というかおやつというか。一本の柚子羊羮を買い、半分にして食べる。ほんのりした甘さと柚子の香りがうまい。温かい休憩所のソファーなんかに座っていると、なかなか腰があがらない。冷たい雨の外に比べたらまるで別世界のようだった。しかしいつまでもここに居るわけにもいかない。乾き始めたカッパを着、重い荷物を背負うと、また雨の世界へと飛び出していった。

13時40分。綾部市に入ると、気まぐれに陽が差すようになった。ほんの少し、文字通り猫の額ほどの青空が見える。だけどその間だけは雨の世界から逃れ、浴びる陽の暖かさに体中の筋肉を緩ませることができた。

16時00分。綾部市街地に到着。ここから県道8号に乗り換え、福知山市を目指す。しかし、今からではもう到着は時間的に厳しいだろう。とりあえずコンビニに入り、地図を見ながら作戦会議。さてどうしたものか。雨は上がりそうな気配を見せながらも、尚も降ることを忘れていない。ころころ変わる天気予報に翻弄され、明日の天候も読めない。状況を複合的に考えると、テントを張るなら屋根のある方が無難と言える。
結局少しでも前に進みたい僕らは、適当な寝床を探しながら歩く方向で話が決まった。

あと1時間ちょっとで暗くなる。目が効かなくなる前に、なんとか寝床を見つけたかった。しかしなかなかいい場所はない。橋の下も公園も、ふたりで顔を見合わせて首を横に振るばかりだった。由良川沿いの土手を歩きながらいよいよ暗くなり始めた頃、
「あの屋根はなんですかね?」
友人が指を差した。そこには確かに屋根だけの建物があった。なんだろう。よく見ると、それは畑に囲まれるようにひっそりと存在する墓地だった。
「え?あれ、墓地じゃない?」
そうは言ってみたものの、他に有力な当てもなく、とりあえず近寄ってみることにした。
「今までの旅で墓地に寝たことはある?」
「いやまさか。ないっすよ」
「だよなぁ」
僕だってない。泊まろうと思ったこともない。まともな人間なら、墓地などに泊まったことはないだろう。それが当たり前だ。だからその日、僕らはまともじゃなくなった。

墓地の前に立ち、思わずふたりで手を握り合った。目の前には僕らが捜し求めていたものがあったからだ。屋根があり、壁があり、あずまやよりも立派なそれは、墓地にあるという点を除けばまさに理想的と言えた。しかしだからと言って、墓地を見つけて手を叩いて喜ぶなんて、僕らはきっともうその時点でまともじゃないのかもしれない。

背に腹は変えられない。夜になればさらに冷え込み、雨は雪へと変わるだろう。じきに暗くなる。カードは目の前に提示されている。もう迷っている余裕はない。バックパックを下ろすと、すぐにテントの設営に取り掛かった。
ついに、僕らは一線を踏み越えた。

今日の歩行距離約32km。

写真1
雪と戯れる友人。ポーズを注文したら、これだった…。

写真2
雪の道にふたりの足跡が残る。3月とは思えない。

写真3
歩いていると綺麗な風景を見逃さない。「時速4kmの贅沢」と誰かが言っていた。

2 件のコメント:

  1. ちょっと失礼ですが
    墓地には笑わせていただきました。

    私も歩いてますが、
    夜通しの歩きなど
    いつも勇気付けられています。

    どこかでお会いできるといいですね。

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  2. ぽちをさん

    墓地に泊まるとは、本当に切羽詰まってましたよ。

    ぽちをさんも歩き旅ですか?
    どこかお会いしたいですね!

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