2010年3月23日火曜日

歩81日目 島根県江津市

天候 晴れのち曇り
気温 6時 8.3度
   17時 11.4度

「ナカタさーん!」

今日も誰かの呼ぶ声がした。

またか。誰だ?こんな所で。

立ち止まり、車道を見ると、そこには昨日の朝僕を見送ってくれたチャリダーの彼がいた。なるほどそういう事か。兎と亀。あっという間に追い付かれたようだ。

6時00分。起床。遠くで朝のサイレンがなる。寝袋から這い出て伸びをすると、両膝に違和感を感じた。いつもなら朝になると取れている疲れが、起きてなお残っていた。
薄く透明なセロハンでも、幾つも重ねていけばやがて不透明になるように、疲労は気付かぬうちにゆっくりと、しかし確実に蓄積されているようだった。
ここまでで全体の4分の3の工程は来ている。だがまだ気を抜ける訳ではない。これから九州だって残っているのだ。なんとか膝をもたせなければならない。すがる思いで膝にサポーターを当てた。それは、滋賀の友人から貰ったのだったが、今まで使っていなかった。少しでも楽になればそれで良かった。

7時10分。出発。朝焼けのホーム。誰もいない駅。バックパックを背負い、ふたりで後にした。

9時10分。少し迷いつつも大田市駅に到着した。彼女はここから昨日バイクを置いた場所まで電車で戻る。時刻表を見ると9時46分が次の電車だった。

駅の待合室でベンチに座り電車を待った。他愛もない話で時間は過ぎていった。彼女から差し入れも貰った。

やがて時間が訪れて、改札を抜けた彼女は一度プラットホームから手を振ると、出発のベルに急かされるように電車に乗り込んだ。もう彼女の声は聞こえない。彼女を乗せた電算はいとも簡単にホームを離れ、東へと戻っていった。

音のない部屋に連れていかれたような感覚に陥った。とても元気な彼女だったから、きっとそう感じるのだろう。だけど1泊2日、約20kmの旅を共有できた。それは紛れもない事実だし、もしそれによって彼女の心に小さな種が落ちたのなら、それはすてきな事だ。
僕は感じる寂しさをそこに残し、貰った元気だけを持って音のない部屋を後にした。

12時10分。いつもの様に国道9号を無心で歩いていると、今日もまた名前を呼ぶ声がした。
立ち止まると、向かいの車道にチャリダーの彼がいた。荷物を満載させた愛車のギアを軽くして、笑顔で坂道を登って来た。

嬉しい再会だった。彼は昨日もまた出雲大社を見ると言っていたから、歩きの僕の方が少し先を行っていたのだ。もしかしたら会えるかも知れなかったし、会えなかったかも知れない。僕が駅にいる時だったならば、間違いなく会えなかった。旅の出会いは、全てタイミングだ。

道端で足を止め、しばらく話をした。彼はこれから秋吉台へ向かい、それから下関へ向かうと言った。僕はこのまま国道を歩き下関を目指す。そうか。それなら本州で会うのもこれが最後になるだろう。
「また九州で」
いつもの様に握手で別れた。

続く坂道を登っていく彼の後ろ姿を見ながら、きっとまた九州で会えそうな予感がした。彼の連絡先など知らない。知っているのは名字だけだ。でもそれだけで十分だった。旅とはそういうものだ。僕はまた彼と会える事を楽しみに、九州へと一歩を踏み出した。

17時10分。バス停で休憩をしていた。目的地まではあと4kmくらいだったが、膝の調子を見て休憩をこまめにとっていた。そこへ一台の車が停まった。助手席の窓が開き、運転席の男性が声をかけてきた。
「どこまで行くんだ?乗ってくか?」
地元の言葉でそう言った。僕は、自分の足で歩いてますからと丁寧に断った。そしていつもの様に北海道から来たと言うと、たぶん今まで会った人の中で一番大きな驚きを見せた。少し声が裏返っていた。驚きついでにその男性は助手席にあった袋を僕の目の前に差し出し、
「酒でも飲むか?」
と言った。
今度は僕が驚く番だった。一度は断ったが、目の前に差し出されたものを突き返す訳にもいかず、有り難く頂戴した。

「俺も昔、青森までヒッチハイクした事があるんだ」
男性は言った。その言葉が胸に響いた。親切は、時を経て誰かから誰かに受け継がれているものなのだ。
「ありがとうございます」
僕の言葉は、未来の誰かの言葉でもあった。そしてその言葉を聞くために、僕は今親切にされているのだ。
僕の言葉を聞いた男性は満足そうな笑みを浮かべて車を発進させた。

18時00分。目的地の道の駅に到着した。が、また工事中だった。来月下旬にオープンらしい。そのことは酒をくれた男性から聞いて知っていた。だけどそれはあまり関係なかった。これから降るであろう雨がしのげる軒先があればいいだけだった。

21時近くなってテントを張った。靴を脱ぎ、マットの上に座る。ほっとため息が出る。テントの中はやはり落ち着く空間だ。
貰った酒をあけた。酒粕から作った地元の焼酎で、初めて飲む味だった。車の往来が少なくなると、遠くの潮騒が聞こえてきた。狭いテントの中で、波の音を聞きながら飲む酒は、いつになく心に染みた。

今日の歩行距離約38km。

写真1
わざわざありがとう。1泊2日で歩いた距離は約20km。電車で320円。

写真2
チャリダーの彼。漕いでいるところを見たのは、実は初めて。

写真3
親切の形は様々。未来のありがとうのために。

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